45話

 翌日、二人の騎士が調査官として王都からやってきた。

 そして、当然のように彼らは最初に代官の死亡した部屋を検分したのだが……。


 すぐに彼らは血相をかえてドカドカと階段を駆け下りてきた。

 そして蹴破ると表現したほうがよさそうな勢いでドアを開け放ち、騎士はクーデルスの胸倉を掴んで怒鳴り散らしたのである。


「おい、貴様……何が事故だ!

 あんなもの、誰が見ても他殺だろうが!!」


 だが、クーデルスはため息をひとつついてからハンカチを取り出すと、頬に飛んできた唾をわざとらしいほどゆっくりした動きでふき取った。

 そして、騎士たちではなく周囲へと、温度の感じられない灰色の声でこう告げたのである。


「さて、かなりくだらない話になりそうなので、みなさん部屋の外で待っていてくださいませんか?

 あぁ、アデリアさんとダーテンさんは残ってください。

 話しの途中でいくつか用事が出来そうだし、後で説明するのが面倒ですので」

「貴様、く……くだらない話しだと!?」

 半ば無視されるような形になり、騎士たちの額にくっきりと青筋が浮かんだ。


 だが、怒り狂った騎士たちを、クーデルスは全く取り合わない。

 かわりに、分厚い眼鏡と前髪の向こうで、真夏の森よりも鮮やかで深い色をした緑の眼を哀れむようにそっと細める。


 そしてアデリアとダーテン以外の人間が部屋からいなくなると、胸元を掴む騎士の指を、服に絡んだ小枝のように振り払った。


「痛っ……!? 貴様、抵抗するか!!」

「さて、お話を再開しましょうか」

 クーデルスは知能の低い輩の言い分は心底理解できないといわんばかりの顔と声で、この事件が起きてから何度目になるかわからない台詞を口にしたのである。


「何度も申し上げますが、あれは事故です。 まさか、本職の調査官である貴方がたまでお分かりにならないとは、なんとも嘆かわしい」

「貴様……頭がどうかしているのではないか!?」

 クーデルスの微塵も揺るぎない態度と言い分に、調査官たちの顔が嫌悪とも困惑ともとれる表情に歪んだ。


「いやぁ、頭がどうかしている可能性があるのは、むしろ貴方たちでしょう?」

「貴様! 騎士を愚弄する気か!!」

 さすがにこの台詞は許せなかったのだろう、騎士たちが腰に刺した剣に手をあてる。

 同時にダーテンがそっと身をかがめ、いつでも飛び出せるような体制に入った。


 そんな緊張した空気の中、クーデルスは場違いなほどに朗らかな声で告げる。


「だって、麻薬なんかやっている人が、まともに頭働くわけないじゃないですか」

「それは……どういう意味ですの!?」

 たずねたのはアデリアだった。

 同時に、騎士二人が何かを言いたげな視線をぶつけてくる。


 だが、騎士たちはダーテンの殺気をこめた視線に押さえつけられ、ひたすら沈黙するしかなかった。

 部屋の中に濃厚な殺気が立ち込め、焦れるような汗の匂いが漂い始める。


 そんな中、クーデルスだけがそんな空気を読まずに、嘲笑うかのように明るい声でアデリアの疑問に答えを返した。


「アデリアさんもダーテンさんも、代官のいた部屋に入ったときに、妙に甘ったるい感じの変なにおいがしませんでしたか?」

「そういえば何か嗅ぎ慣れない匂いがしましたわね」

 現場の記憶を探りながら、アデリアはクーデルスの言葉の意味を考える。

 だが、最初に正解へとたどり着いたのは、ダーテンであった。


「あーあれか。 もしかしてだけど、大麻の匂いって奴? マジ臭かったんだけど」

「ご名答。 では、代官はその大麻をどこから手に入れていたでしょうか?

 あぁ、誰からではなくて、どういうところからと言う意味でですがね」

 ところどころヒントを出しながらクーデルスはアデリアと視線を合わせる。


「……麻薬を販売する犯罪組織」

「またまたご名答。 冴えてますね、おふたりさん」

 にっこりと微笑みながらクーデルスはアデリアから視線を外し、全員が視界に入る場所へと足を進めた。


「ここには関係者しかいないのでぶっちゃけますが。

 この騎士二人はね……確かに正式な調査団ではあるんですが、実はその犯罪組織の仲間でもあるんですよ」

 クーデルスの発言に、アデリアが思わず騎士の顔を見る。


「今回は適当に犯人をでっち上げた上で、代官が大麻を所持していた痕跡を消すよう、犯罪組織から密命を受けているのです」

 すると、血走った目をした騎士たちは、まるで呪縛から解かれたかのようにクーデルスを罵倒しはじめた。


「失敬な! 貴様こそ頭がどうかしているのだはないか!?」

「黙っていれば根も葉もないことを! 何を証拠に我らを侮辱するのか、この田舎者め!!」

 だが、その台詞がクーデルスによって誘導された代物であることを、彼らは知らない。


「証拠ですか。 まぁ、情報は冒険者の情報部経由ですが、それだけでは証拠としては使えませんね。

 では、別の方法であなた方が無実であるかどうかを判定しましょう」

 クーデルスは口元だけで笑みを作ると、懐から手のひらに乗るぐらいの小さな箱を出してくる。

 そして彼が前おきもなくその箱を開くと、中には砂利のようなものが入っていた。


「……ひっ」

 その箱の中身を見た瞬間、アデリアが腹と口を押さえながら涙目でダーテンにもたれかかる。

 脇腹に触れた彼女の手が小刻みに震えていることに気づき、ダーテンが首をかしげた。


 こんなもので、いったい何を証明するというのか?

 そんな疑問が吹き荒れる中、クーデルスは語り始める。


「これはダニですよ。

 アデリアさんには一度説明しましたが、これは麻の無毒性を保持するために造られた特殊な性質を持つダニなのです。

 普段は麻薬成分を持たない麻と共生していますが、麻薬成分を感知すると爆発的に増えて、問題のある個体を喰らいつくします」

 その台詞に、騎士の一人がハッと何かに気づいた。


「まさか……代官が白骨になっていたのは!?」

「ご想像にお任せします……といいたいところですが、このダニが大量に蔓延っている畑を視察した後に大麻を一服すれば、どんな事故が起こるのかは説明しなくても良い事ですよね?」


 何か得体の知れない威圧感を漂わせながら、クーデルスは穏やかな、だがホラー映画の語り手のように恐怖を漂わせた声で真実を告げた。


「あれは、事故だったんですよ。 麻薬に溺れた愚か者の自滅という……ね」

 ここまで説明すれば、クーデルスが何をしようとしているのかを想像するのは難しくないだろう。

 騎士たちはその首筋に死神の吐息を感じ取り、心の中でひたすら運命の神を呪った。

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