28話

 諸事情により急遽作ることになったモラルの聖堂だが、その暫定的な完成にかかった時間は僅か二日程度であった。


 まずはクーデルスが無駄に優秀な力を発揮し、モラルが降りてきたその日のうちに元々の聖堂の設計をベースにしてざっくりとした設計図を完成させる。

 そのあとは弟分であるダーテンが人間を完全に超越した力で組み立てを始めたのだが……飽きっぽい彼は途中から地の魔術を使いだし、その反則的な行動の結果ほぼ一人で聖堂の基本的な建設を終わらせてしまったのだ。


 ただし、そもそもがザックリとした設計であり、さらにダーテンは細かい作業が苦手であったため、今は本業の大工が出来上がった代物を元に色々と微調整を行っているところである。

 結局は素人仕事の尻拭いをするようなものであり、時間短縮にはなったものの、彼らにとってはかなりいい迷惑だ。


 さて、形だけとはいえ聖堂が復活したことで、村には魔物が入り込めなくなり、治安に関しては本当にパトロールぐらいしかやる事がなくなってしまった。

 あまった労働力は建物の復旧作業へと注ぎ込まれることになる。


「……と言うことで、団長は食料問題の解決をお願いしますわ」

「え? 食料は十分に持ち込んであるし、土砂の運搬とか力仕事はたくさんあるでしょ?」


 当初からの予定で、村の建物の復旧を優先的に行うために食料はかなり多めにもってきていたはずだ。

 しかも、もうしばらくしたらサナトリアが追加の食料を持ってくる手筈になっている。

 つまり、食料問題については『重要ではあるものの今は優先度の低い仕事』と言うことだ。


「団長には他の大事な仕事をお願いしたいと、建築家の方からの強いご要望がありましたの」

 どうやら、先日の聖堂の設計図が建築家のお気に召さなかったらしい。

 それでアデリアに散々クレームをつけたのだろう。

 本人に面と向かって言ってこないのは、団長である上に得体の知れない魔術を使うクーデルスを恐れているからに違いなかった。


「まぁ、そのあたりの采配はアデリアさんにお任せしているから文句は言いませんけどね?」

 とは言いながらも、明らかに不満たらたらな態度でクーデルスは口を尖らせる。


「で、私は具体的に何の仕事をすればいいんですか?」

「そうですわね……いつもの植物を成長させる魔術で、なにか農産物を育ててくださいな。

 出来るだけ早く収穫できて、出来れば今後の産業に繋がるようなものが良いですわね」


 もしもこの場にサナトリアがいたならば、なんと迂闊うかつな……と称したに違いない。

 このクーデルスという男に対してそのような曖昧な提案をするのがいかに危険であるかを、まだ彼女は知らなかった。


「では、このような作物はいかがでしょう?」

 クーデルスが懐から取り出したのは、アデリアの小指の爪の先よりも小さな赤い種。

 それを一粒だけ手のひらに載せ、彼はそっとアデリアに差し出した。


「何の作物なの? 見たことが無い感じですわね」

 目の前の小さな種を睨みつけながら、アデリアは首をかしげる。

 王妃となるための教育で様々な作物を目にした彼女ではあるが、このような種を持つ作物にはとんと心当たりがなかった。

 そして彼女がその正体について記憶を探っていると、クーデルスは思いもよらぬ名を告げたのである。


「それは麻の種ですよ」

「麻!? あなた、なんてものを出してくるんですか!

 いくら金になるからと言って、そのようなおぞましいものを出してくるなんて!! 見損ないましてよ!!」

 麻とは、非常に強い麻薬成分を持っており、この国ではその栽培や所持が厳しく制限されている植物である。

 たしかに裏社会で売りさばけば莫大な資金は得られるかもしれないが、確実に国からその罪を問われることになるだろう。

 ましてや、村の産業にするなんて、とんでもない話だ。


「おやおや、何か勘違いをしてらっしゃるようですね。

 心配しなくとも、これは普通の麻と違って中毒性のある成分はほぼ作らないので、麻薬には出来ない品種です」

「……本当でしょうね?」

「本当ですよ。 そのかわりに、成長スピードが普通の麻よりもはるかに早いんです。

 具体的に三倍ぐらい? なにせ、赤いので」

 赤いからなぜ三倍早いのかは定かでは無いが、クーデルスは大きく頷いて説明を始める。


「麻とは、そもそもこの世界を作った創造神が知的生物を作った際に、生きる支えにせよといって我々の先祖に与えた植物のひとつなのですよ」

「そういえば、一部の神殿で祭礼用に育てているという話しを聞いた事がありますわね」

 クーデルスの言葉の中に、ようやく自分の知識と合致する部分を見つけ、アデリアはなんとなく気持ちが落ち着く。

 しかし、この 男はいったいどこでそんな知識を学んだというのだろうか?

 アデリアの疑問を他所に、クーデルスはさらに熱弁をふるう。


「この植物のすばらしいところは、成長が非常に早い上にその全てに使い道があって、捨てるところがどこにもないんです。

 有名なのは葉と花に多く含まれる麻薬成分ですが、これも使いようによってはちゃんと薬になりますし、それ以外にも肥料の材料として優秀です。

 種は非常に栄養価が高く、地域の皆さんの重要な栄養源となるでしょう。

 茎の皮からは糸が作れますし、茎自体は建築材料としても優秀です」


 拳を握り締め、滔々とうとうとその熱の入った言葉を語り続けるクーデルスだが、その熱意にアデリアは背筋をのけぞらせた。


「なんか……やけに力が入ってますわね」

「……気のせいですよ。 そして何よりも私がこの植物を勧めるのは、土壌の改良効果があるからなんです。

 実はこの地域、あんまり土が良くないんですよ」

 その台詞に、アデリアは思わず目を見開く。

 報告書にはそんな事はひとつも書かれていなかったからだ。


「それは初耳ですわね」

「では、外に出て実際の土を見ながら説明をしましょう」

 そう告げると、クーデルスはアデリアを伴って外に出た。

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