27話

 その後の話しをしよう。

 三人で色々と相談した結果だが、モラルが村人の精神を開放し、クーデルスは村人や団員の記憶をいつものトンデモ魔術で封印した。

 そして、『神を呼ぶ儀式の時に異変があり、儀式の参加者は全員翌日まで気を失ってしまった』ことにしてしまったのである。


 なお、ダーテンに関してはクーデルスの弟分であり、儀式でみんなが気絶したあとに村を訪ねてきたということになっていた。

 彼はクーデルスと共に気絶した村人を介抱したという話にしたため、ダーテンは謀らずしも村人から感謝の念を受けることとなる。


 そして、その翌日……。


「え、聖堂の廃棄? 今頃になって何を言い出すのよ! そんなの、できるはずないでしょ!!」

 クーデルスの口から飛び出した提案に、アデリアが目を吊り上げる。

 だが、クーデルスはそ知らぬ顔で書類にペンを走らせていた。


 いや、訂正しよう。

 アデリアの顔を直視できず、冷や汗をかきながら仕事に逃げていた。


「まぁ、色々とありましてねぇ。 せっかく呼んだ神様ですが、性格の癖が強いので今の聖堂ではちょっと都合が悪いのです。

 それに、女神本人たっての、いご要望でしてねぇ……。

 ただ、アデリアさんの立場から言うと素直に賛同できませんよねぇ? ええ、わかりますよ?

 ………………祟りで村を滅ぼしたいのなら、ご自由にどうぞ」


「きっ(きさま、それはずるい)、しっ(しね、このひとでなし)、おっ(おまえがやれ、ばかやろう)……ぐぐぐぐぐ…………。

 おほん。 新しい聖堂はどこに作る予定ですか?」

 色々と本音が口からはみ出しはしたが、クーデルスがこういう物言いをした時は何かとんでもないトラブルが潜んでおり、おそらく素直に受け入れるのが最善である。

 短い期間ではあるが、アデリアは彼の言動の癖を着実に理解し始めていた。


「村のはずれにある溜池です。 すでにダーテンさんが工事に着手してますよ」

「見に行きましょう。 今すぐにです」

 クーデルスが情報を出すなり、アデリアは躊躇なく立ち上がる。 そしてクーデルスの袖を引いて現場に行こうと歩き始めた。


 おそらく、放置すれば傷口は腐ってどんどん大きくなるだけである。

 根拠は無いが、女の勘と言う奴だ。


「いや、私まだこの書類が終わってな……」

「後で構いません」

 その言葉に無駄だと悟ったのか、クーデルスもまたペンを机に放り投げてしぶしぶ歩き始める。

 さもなくば、次はヒールで股間を踏み潰されるからだ。


 彼らが溜池にたどり着くと、そこはすでに新しい聖堂の建設が始まっていた。

 そしてその中に、際立って異様な働き方をする人物が一人。


「ダーテン君、がんばっているようですねぇ」

「あ、クーデルスの兄貴。 ちょりーっす」

 ランニングシャツにぶかぶかのズボンと言う、土木作業員らしさをそのまま形にしたような美形の少年は、肩に担いでいた石材を地面に置いてこちらに手を振った。

 その拍子に、ドスンと軽い地響きが引き起こる。


「なんですか、彼。 あの、どう見ても腕力が人間の限界超えているんですけど?」

「まぁ、私の弟分ですから」

 なし崩しにダーテンの兄貴分ということになってしまい、クーデルスは苦笑いを浮かべながら、そんな説明にもならない答えを口にした。

 それで周囲が納得するあたり、クーデルスの異常性はそろそろ彼らにとってただの日常になりつつあるようである。


「それでですねぇ、ここに聖堂を立てなければいけない理由ですが、この蓮なんですよ。

 彼女への信仰は、その蓮に口付けをするというやりかたになります」

 そんな台詞を告げながら、クーデルスは溜池の中に生えている蓮の葉を指差した。

 実はこの蓮こそがモラルの感情吸い上げに対するストッパーになっており、この蓮を仲介して祈りを捧げるかぎりは廃人を生み出す事は無いようになっている。


「ハート型の葉ですか? 変わった形の蓮ですね」

「ええ、新しくお招きした女神は、この蓮がえらくお気に入りでしてね。

 この蓮のある場所に新しく聖堂を作れとおっしゃったのですよ」

 ……というより、この蓮がモラルがこの村で始めて降り立ったこの溜池でしか育たないのが、この無茶振りの本当の原因だ。


「ずいぶんと無茶なことをおっしゃるのですね」

 そのためにどれだけの時間と予算が必要になるか。

 復興計画の財布を握っている身としては、恨み言のひとつや二つは言いたくなるのも無理は無い。


「ですが、それで第一級の女神が守護神となってくれるというのだから、お安いものでしょう?」

「第……一級?」

 自分の聞き間違いかと思い、アデリアはそのまま訂正が入るのを待つ。


 村の守護神など、普通は下級神の役目である。

 中級神になれば、どこかの大きな都市を守護するものだ。

 そして上級神……特に第一級ともなけば、その国の首都が捧げられ、国の守護神となってしかるべきなのである。


 だが、いつまでたってもクーデルスの口からそんな言葉は出てこなかった。


「なんでそんな事になってるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うごぉぉぉぉぉぉっ!?」

 思わずアデリアが悲鳴をあげ、作業に携わっていた人々が何事かと視線を向ける。

 そして多くの人々の見守るかな、アデリアの靴の先がクーデルスの股間にめり込んだ。


「こんなの、真っ先に報告してくれなきゃ困ります!

 はやく代官に……いえ、王太子と国王に同時に知らせを送らなければ!

 あぁぁぁぁ、仕事が、仕事が際限なく増えてゆくぅ!」


「い、いゃぁ、大変ですねぇ。 私は美人の女神が降りてきてくれて、大変目の保養ですが」


「くっ、もう復活しやがりましたか! 本当に無駄にタフですね、馬鹿団長!!

 そのうち切り落としてやる!!」

「ちょっとアデリアさん。 それは嫁入り前の乙女の台詞じゃないですよ?」

「誰のせいで淑女の私が乙女をやめていると思ってるんですか! この、昼行灯! なんちゃって団長! 頭の中、お花畑ぇぇぇぇぇっ!!」


 そしてアデリアの派手な説教が始まる中、そんな彼らの姿を蓮の生い茂る水辺からそっと見守る影があった。


「……なによ、あのオッサン。

 前髪上げて眼鏡取ったらハンサムだなんて、ベタすぎるし、あまりにも卑怯じゃない」

 そんな言葉を呟きながら、憎しみをこめて睨んだつもりなのだが、彼を見ているだけですぐに切なくなってしまい、呪いの言葉は甘いため息に変わる。


 あの時……彼の深い色をした宝石のような緑の目を見たときから、モラルは自分の心がどうしようもなく乱れていることを自覚せざるをえなかった。

 感情を吸って糧にする不良女神も、自分の恋の病だけはどうにも出来ないようである。


 げに、罪深きはお花畑の魔王なり。

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