39話
村長に話しを聞く事ができたのは、その日の夕方。 事務所で待ち構えていた
「村長さん。 話があるのだけど、少しお時間をいただけないかしら?」
「はい、特に問題はありませんが……あの……子供達の夕飯のしたくもありますので、出来れば手早くお願いいたします」
その若干困ったような表情に、子育て中の主婦という存在が24時間営業であることをアデリアは思い出す。
ちなみに、村長の子供は二人。
4歳と2歳で、どちらも男の子であるらしい。
昼間は誰かに預けているらしく、アデリアは未だに彼女の家族を見た事はなかった。
「死んだ代官について聞きたいのだけど、どんな奴だったのかしら?」
若干の後ろめたさを感じつつもアデリアが問いかけると、村長はアデリアから見て右上の方向に目を動かした。
かつて家庭教師に聞いた話によれば、これは人が過去の記憶を探るときに無意識で行う行動である。
例外はあるが、逆に眼球が左上に動くなら想像力を働かせるとき……つまり、騙そうとしているときだ。
その兆候が見られないところを見ると、どうやら嘘をつく気はないらしい。
「あまり良い方ではございませんでしたわね。
うちの村人たちも、色々とあってみんな恨んでましたし」
少し考え込んだ後、村長は当たり障りの無い答えを口にした。
「その"色々"がわからないのよ。 その話題になるとみんな口を濁すのよね」
「まぁ、それも仕方がありませんわ。 でも、今ならば話してくれると思いますわよ?」
かねてよりアデリアたちが抱えていた疑問に対し、村長は思わせぶりなことを口走る。
なぜ今ならば大丈夫なのか?
そして今とはどんな条件を意味しているのか?
知りたいのはそこなのだ。
「それは、どういう意味かしら?」
「詳しくは他のみなさんに伺ったほうがよろしいかと」
いよいよ疑問の確信に迫れるのかと期待したアデリアだったが、村長は少し強張った顔になると、視線をそらした。
――あぁ、マズい。 これは下手に聞き出そうとするとロクなことにならないだろう。
アデリアは仕方なく質問を切り上げることにした。
「すいません、そろそろ晩御飯の支度に入らないといけませんので……」
「そう。 忙しいのに悪かったわね」
そしてアデリアは村長を解放すると、彼女のお勧めどおり他の村人たちに話しを聞くことにしたのである。
村長と別れたアデリアは、村人に話しを聞くために食堂に向かった。
この村に元々あった食堂は先の洪水で一度潰れており、現在の食堂の建物はダーテンが地魔術を駆使して作ったものだ。
石造りのかなり頑丈な建物で、いざと言うときには村人の避難所にもなるように出来ている。
薄闇が差し迫る中、アデリアは何枚もの板を張り合わせてできた、まだ新しいドアを押しあけた。
すると途端に中から喧騒が押し寄せ、酒と魚料理の香りが押し寄せる。
見渡せば、食堂の中は今日も一日の労働の疲れを癒す村人たちでごった返していた。
未だに炊事場が復旧できていない家庭も多いため、価格も抑えてあるため利用者は老若男女を問わずとても多い。
なお、看板を見れば今日のメニューはアオウオの煮付けと記されていた。
アオウオとは、成長すると1メートル以上にもなるコイに似た魚で、その大きさにも関わらず養殖が容易な魚である。
そして養殖したアオウオを甘辛く煮込んだ代物は、この辺りでよく作られる名物料理だ。
……とは言っても、本来はあまり頻繁には口に出来ない語馳走である。
だが、水神であるモラルがこの村の守護を担うようになったため、最近は水産資源の恵みが豊かになり、アオウオの煮付けも頻繁に口に出来るようになりはじめていた。
どんなメニューかと覗き込んでみれば、木をくりぬいた素朴な深皿の中に煮込まれた魚の頭がゴロンと転がっているような、貴族の家ではまずお目にかからない類の料理だ。
最初はあまりのワイルドさに萎縮したものだが、今ではアデリアもすっかり抵抗がなくなってしまった。
むしろこの魚は頭の部分が一番美味しいのだと他人に語れるぐらいである。
「随分と楽しそうね。 席をご一緒してもよろしいかしら?」
「おぉ、どこの別嬪さんかとおもったら、副団長さんでねぇの」
アデリアが話しかけたのは、酒が入ってすっかり出来上がった村の男たちであった。
話し相手として彼らを選んだのは、酔っ払っているぶん口が軽いだろうという判断である。
「ずいぶんと変わったものを食べているのね。 それは何かしら?」
アオウオを食べていたはずの彼らは、なぜか白い塊の様なものを割って、中にあるゼリー状のものを食べていた。
アデリアの知らない食べ物である。
「あぁ、これはアオウオの歯だべ。 こうやって中身を取り出して食べると酒に合うんだなぁ、これが」
「そ、そう。 なかなか面白いものを食べるのね」
骨の髄を食べる事があるのは聞いた事があるが、まさか歯の中身まで食べるとは……田舎の食文化、侮りがたし。
アデリアは食の奥深さに少し
「ちょっとお伺いしたいことがあるのだけど……まずは一杯奢らせてちょうだい。
給仕さん、クーデルス・ビールをお願いするわ」
クーデルス・ビールとは、クーデルス団長がどこからか調達してきた謎のビールである。
材料は不明だが、とりあえず美味しいので誰も真相を追究しようとはしない。
なお、クーデルスの好意によりこの村ではタダ同然で購入する事ができ、その手軽さも人気の理由だ。
やがてビールが届くと、男たちは美味そうに口をつけた。
そしてアデリアが質問を始めると、男たちは憤懣やるかたなしといった風情で次々にしゃべりだした。
「代官について? あー、ありゃ酷い奴だったっぺなぁ」
「そりゃぁ、あんな死に方したのも天罰ってもんだべ?」
死人に対してずいぶんな言い方であるが、誰もそれを咎めようとはしない。
「いったい、彼は何をしたの?」
「今だから言えるけどよぉ……あいつは本来の税とは別に余分な税をかけて、その税を払えない家からは丁稚奉公という名目で人をさらっていたんだべ。
んで、付き合いのある商人に金で融通して……事実上の奴隷売買だべなぁ。
むろん違法だけんどよ」
あぁ、なるほど……と、アデリアは一人納得していた。
蓋を開けてみれば、わりとよく聞く話である。
むろん唾棄すべき話であるが、代官が違法に私腹を肥やす事は暗黙の了解に近い代物だ。
しかし、これだけ恨まれているとなると、よほど頻繁でやり方が強引だったに違いない。
そんな代官に、アデリアは胸の中で『無能』と判断を下した。
生かさず殺さずで民から税を搾るのは貴族の嗜みだが、やりすぎて暴動を引き起こすのは悪手のきわみである。
ましてや、原因が村の人間を奴隷として他所の土地に売ったせい?
――飢饉が起きたわけでもないのにバカじゃないのかしら。
なぜなら、どう考えても結果的に土地の生産性は激減するからだ。
「しかも、何人かは自分の屋敷で使って人質にしていたんだべな。 もしも外にばらしたら、お前の家族の命はねーぞって脅しをかけてよぉ」
道理で誰も口を開かないわけである。
どうやら死んだ代官は、無能であるばかりか、かなり卑劣な男でもあったらしい。
「俺の弟と妹もアイツにつれて行かれただよ」
「つーよりよ、この村でアイツに家族を奪われたことの無い家なんて村長のところぐらいじゃねぇべか?」
「いや、村長の家もよ……」
「あーそういえばそうだったべな」
村長の話しになったとたん、村人達のトーンが下がり始める。
「村長の家で何かあったのかしら?」
重ねて質問したアデリアではあったが、村の男たちはすっかり酔いの醒めた顔でこう答えたのだ。
「それだけは勘弁してくんろ」
「人の名誉にも関わる話だでよぉ」
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