第83話

「カッファーナさん……強いんですね。 あんなに落ち込んでいたのに」


 高笑いするカッファーナに、アモエナは羨ましげな視線を送る。

 だが、カッファーナはその重い空気を受け止めきれないとばかりに肩を竦めた。


「だって、落ち込んでいても面白いことなんか何一つ無いもの」

 このあっけらかんとした物言いと、踏まれても踏まれてもすぐに復活する雑草のようなしぶとさこそが彼女の真骨頂であり、魅力であった。


「私は……とても無理」


 すっきりした顔のカッファーナを羨ましげな目を見つめた後、アモエナは夏の日差しに悩まされる旅人のような顔で頭を横に振る。

 その肩をカッファーナがパシンと叩いた。


「なに弱気なこと言ってるの。 主役は貴女よ。

 ちょっと、どうしたの? なに落ち込んだ顔しているのよ。

 いやじゃなかったら私に話してみない? 少しは楽になるかもしれないわ」


 そんなカッファーナの問いかけに、アモエナは顔を背ける。

 だが、一人の胸に押しとどめておけるほど強くは無いだろう。

 その苦悩の原因についてを、彼女はポツリと漏らした。


「クーデルスが……ラインダンスの踊り子になるのは無理だって。

 私の成長期が終わって無いから、今よりももっと背が高くなれば、雇ってくれる劇団は無いって言うの」

「あらあら、なんとも酷いことを言うのねぇ」


 答えにつまり、カッファーナは曖昧な言葉を口にする。

 だが、クーデルスの言葉は紛れもない事実であった。

 そして事実であるだけに慰めようも無い。


 本音を言うならば、本人の努力ではどうしようもないのだから諦めるしかない……といったところだが、アモエナが求めているのはそんな言葉ではなかった。

 ようするに、彼女の背が伸びず、ラインダンスの劇団に暖かく迎え入れられ、華やかな生活が待っている。

 そんな都合のいい奇跡を起こす方法がほしいだけなのだ。


 当然ながら、そんな方法をカッファーナが知るはずも無い。

 唯一その可能性があるとすれば……。


 カッファーナは無言で胡散臭い大男に目を向ける。

 だが、クーデルスは首を横に振った。

 おそらく出来なくはないのだろうが、やりたくない何かがあるのだろう。


「そんな目で見ないでください。

 それに、アレは誰かが言わなきゃいけないことでしょ?

 なんならカッファーナさんがその役目でもよかったんですよ?」

「お断りよ。 絶対に嫌だわ。

 それに、このタイミングで話したって事は……貴方、私をアモエナさんの教材にしようとしたでしょ」


 すると、クーデルスはわが意を得たりとばかりにニヤッと笑った。


「はい。 貴方が立ち直る過程を見せて、絶望との向き合い方を学んでくれたらいいなぁと思ってました。

 私の予想を蹴り飛ばす勢いの速さでカッファーナさんが現実に戻ってらっしゃいましたので、あまり参考にはならなかったかもしれませんが」


「本当にずるい男。 結局アモエナちゃんのことしか考えて無いのね。

 こうもあからさまだと、嫉妬すら沸かないわ」


 クーデルスの口から飛び出したそんな台詞にカッファーナは鼻白む。

 彼にとっては至極当然の行動なのだろうが、人間からすると差別しか感じない。


「だいたい、ラインダンスなんて、誰が主役かわかったものじゃないでしょ。

 何がそんなに楽しいの?」


 まともに考えるのは諦めたのだろう。

 カッファーナの口からはそんな投げやりともとれる質問が飛び出した。


「た、楽しいもん! みんなで綺麗に踊って、みんなが感動してくれたらきっと楽しいもん!!」


 だが、そんな底の浅い感覚的な言葉が、言葉の専門家であるカッファーナに通じるはずもない。


「だったら、一人で舞台に上がって主役として踊ってもいいでしょ?

 感動を与えるだけなら、ラインダンス以外にも方法はたくさんあるわ。

 綺麗に踊って、みんなが感動してくれるのが楽しいのなら、普通に踊り子としてそれをやっても同じじゃない」


「そ、それはそうだけど……」


 そういわれると、アモエナには何も言う事はできなかった。

 何かが違うはずなのだが、それを言葉に出来るほどの人生経験はなく、ましてや彼女は哲学的でも詩人でもなかったからである。


 もしもこれがクーデルスならば、貴女は作家ではなく音楽家として後世に名をとどめようとは思わないのかと答えただろう。

 だが、それでもカッファーナにあったのは脚本家としての才能であり、音楽家としての才能ではないのだ。


「それでも我慢が出来ないというならば、貴女が自分で新しいラインダンスの形でも作ればいいじゃない。

 自分ひとりが背が高くても綺麗に見えるような振り付けを考えればいいことだわ。

 でもね、私たちの中で振り付けの才能があるのは貴女だけよ。

 これ以上他人を頼るなら、それは甘えと言うものじゃないかしら」


 いや、その方向ですら本来は自分で考えなければならなかったことだ。

 ――自分はすでにどうしようもなく甘やかされている。

 そんな事に気づき、アモエナは冷や水を浴びたように固まってしまった。


「じゃあ、話は決まり。 次に決めなきゃいけないことを話しましょう」

「何を決めるんです?」


 クーデルスがおわず反射的に尋ねると、カッファーナはニヤッとネチっこい笑みを浮かべた。


「何を演じるかの題材の話よ。 さぁ、聞かせてちょうだい魔王様」


 そう語りながら、彼女はがっしりとクーデルスの腕を掴む。


「不死の果実の話を」

 その瞬間、クーデルスはトラウマをえぐられたかのように嫌な顔をした。

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