第117話

 その頃、クーデルスの作り出した世界樹の外周では、あらためて選ばれし腕利きの冒険者たちが侵入を開始していた。


「おーい、いいぞ! 上って来い」


 身軽な斥候たちが、崖のぼりよろしく樹木の壁をよじ登り、足場となるところにロープをくくりつける。

 すると、その下のほうから次々に鎧姿の戦士たちやローブ姿の魔術師たちがロープを伝って姿を現した。


 とは言っても、ここは人間が歩くことなどまるで考慮されていない場所。

 大勢がまとまって腰を落ち着けるような場所などあるはずもなく、冒険者たちは数人ごとのグループに分かれて入り込むしかなかった。


 そしてなんとか世界樹の中に忍び込んだ冒険者たちは、揃った顔をしかめる。

 なぜならば、目の前はどこを見ても緑の壁。

 獣道すらなく、藪の中を泳ぐようにしか進めないため、足元の地形がどうなっているかですらはっきりとは確認が出来ない。


 仕方なく彼らは鉈や斧を取り出し、身長に足元を確かめながら休める場所を作り出す。

 そんな冒険者たちの中に、とあるグループがいた。


「うへぇ、こんなのどこ踏んでいいかサッパリわかんねぇよ。

 俺がのっかっても大丈夫なんだろうな?」


 足元を何度か踏みしめて、重い鎧に身を包んだ戦士が震え上がる。

 ベテランと呼ばれるほどに場数を踏んだ彼をしても、こんな場所に踏み込んだことはいまだに経験が無い。


 戦士の呟きに、斥候が神妙な顔で頷いた。


「残念だが、ここを普通に歩いて移動するのは危険すぎるな。

 たぶんところどころ天然の落とし穴になってる。

 太い枝から一歩でも足を踏み外してみろ。

 この緑の闇に埋もれて、たぶんそのまま戻ってこれねぇぞ」


 しかも、転げ落ちた先に何があるかが全く予想できないのだ。


「しかし、恐ろしく不自然な場所だ。

 普通ならば、日照条件の違いでここまで枝葉が密集するはずも無いのだが……」

「あと、この森のような場所の中心に行くほど高く盛り上がっているな」


 斥候の呟きにそう付け加えたのは、斥候の男と同じぐらい野外の活動に長けたエルフの男だった。

 エルフ特有のアーモンド形の目を細め、さきほどから少し高い場所に上ってこの森のような場所の中心をじっと見つめている。


「それよりも、これを見なさいな。

 草花が生えていると思ったら、全部この木の枝から直接生えているわよ」


 そう指摘したのは、魔術師の女だった。

 彼女は地面から引きぬいた草を手にしていたが、その草には根っこが付いていない。

 そんな彼女の言葉に、戦士の男がさらに顔をしかめる。

 まさかと思って足元の草を引き抜こうとするが、やはり根っこは無く、その根元は完全に幹と融合していた。


「なんだこりゃ? ものすごいデタラメな代物だな。

 直接害はなさそうだが、妙に落ち着かない」


「そう、まさにソレね。

 こんな気持ちの悪い森は見た事が無いわ。

 いったい何なのよ、これ。

 もともとが寄生植物ならば、この草に根っこが無いのもおかしくないわ。

 けど、これは私の知る限り普通の植物だったはずよ」


 そんな台詞を口にしながら、魔術師の女は手にしていた草を投げ捨て、寒気を覚えたように自分の腕をさすった。


「改めて確認するが、この草花も樹木も視界に見えている全てのものが……本来はバラバラに生きている個体のはずなのに、溶け合って一つの植物になっているってことか」

「そういうことよ。

 何もかもが恐ろしく不自然。

 まるで、"命の形"とその"あり方"を支配している化け物が、自分の都合だけで森に似た何かを作り出したみたい……」


 生命を司ると伝えられている大魔王クーデルス。

 昔話に語られる彼の所業の全てが、まさかほとんど全て本当だとは夢にも思っていなかった冒険者たちだが、この有様を見ればその考えを改めざるをえない。


「早いところ魔王を討伐してずらかろうぜ」

「そうね。 だったら、早く足場組んで道を作ってくれないかしら」


 戦士と魔術師に急かされ、斥候の男と弓兵のエルフが顔をしかめる。


「無茶いわないでくれ」

「こんなの一日で数キロも進めたら御の字だと思うぞ」


 いくら彼らが野外活動に手馴れているとはいえ、無茶なものは無茶だ。

 ……とはいえ、ここで文句を言っていても何も変わらない。


「とりあえずロープに魔力を通して安全な足場を作る。

 そこどいてくれ」


 そう告げると、エルフは足元の草を集めてそれに魔術をかけ、長いロープを作り出す。

 そして魔術で作り出した矢にロープをくくりつけ、頭上へと放った。


 さらに盗賊がそのロープを伝って軽業師のような動きで頭上の枝に降り立ち、自分がいま使ったロープを固定する。

 どうやらこの工程を繰り返して奥に侵入するつもりらしい。


「やれやれ、下手なダンジョンより遥かに面倒だな」

「ぼやいても仕方ないでしょ。 こんなの、放置しておくわけにはゆかないじゃない」


 危険で面倒な仕事だが、誰かがやらなければならない仕事である。

 そして、それをやるべき立場にあるのが自分たちであることを、彼ら嫌と言うほど自覚していた。


 先遣隊の冒険者たちが一人も帰ってきておらず、何があったのかすらよくわかっていないのも不気味である。

 しかし、彼らは引けない。

 ほかに任せることの出来るものがいないからだ。

 それが上級冒険者と言う存在であり、この国に生まれた者の責務ということである。


「それよりも、不安になるぐらい静かだな」


 戦士と魔術師が上ってくるのを見守りながら、斥候がボソリと呟く。

 すると、その小さな声を長い耳で拾ったのか、下にいたエルフの弓兵がボソリと呟き返した。


「そうだな。 これだけ緑が深いのに虫が一匹もいない」


 このやり取りに疑問をおぼえたのは、ようやく目的地にたどり着いた魔術師である。


「……どういうこと? ここがこうなる前にも虫はいたはずよね」

「先ほどの言葉、訂正する必要があるようだ」


 エルフの弓兵はしかめながら自らの言葉をひるがえした。

 だが、魔術師の目には全くわからない。


「どこに?」

「ここだ」


 そう言ってエルフの弓兵が摘み上げたのは、地面に落ちていた白い砂利だった。

 疑問に思った魔術師は、自分の足元にも同じような砂利があることに気づき、自分の指でつまみ上げる。

 そしてソレが何であるかを悟った瞬間、硬直した彼女の指からパラパラと砂利がこぼれた。


「これ……虫!? まさか、石化している!!」

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お花畑の魔王様 卯堂 成隆 @S_Udou

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