第38話

 法廷の人々が落ち着き、やがて静けさを取り戻し始めた頃。

 クーデルスは改めて質問を投げた。


「では、改めてお尋ねします。

 フェイフェイさん、この男たちに依頼してフードコートの営業を妨害しましたね?」

「……その通りだ」

 その発言に、法廷の聴衆たちがざわめく。

 もしもその言葉が嘘ならば、頭上に漂う雲から雷が落ちるはずだ。

 だが、何も怒らないという事は、その言葉が真実であるからに他ならない。


「だが、それは今回の事件とは関係が無い」


 さすが大商人だけあって、フェイフェイはうろたえることなくふてぶてしい表情で批難の視線を煙に巻く。

 事実、植物型の魔物の出現については無関係であるため、大問題であるにも関わらずこの場でフェイフェイを問い詰める事は誰にもできなかった。

 ただし、クーデルスを除いては。


「さて、本当にそうでしょうかね? では、続いてこれをご覧ください」

 思わせぶりな台詞を口にすると、クーデルスは懐から一枚の書状を取り出す。

 そしてその内容を読み上げ始めた。

 やがて内容の全てを読み終わると、クーデルスは改めて聴衆と裁判長たちに問いかける。


「これは、私がフェイフェイさんにフードコートの運営を譲渡した際にかわした契約書です。

 ここに、施設について適切に管理することとありますね?

 あのフードコートでは、癒しの力を放つ特殊な魔法植物を配置してありましてね。

 私の見る限り、今回の騒動は管理の不手際によって魔法植物が変異したものです」


 思わぬ発言に、その場にいる全てのものが目を見開いた。

 まさか、ここでいきなり事件の核心に触れることになろうとは思っても見なかったからである。


「そしてその植物は施設の一部であり、フェイフェイ氏に適切な管理の義務がありました。

 さらに変異の原因はフェイフェイ氏が私から無法者を雇って無理やりフードコートを取り上げたことであると申し上げますが、いかに?」


 しれっとした顔で話の矛先をフェイフェイと裁判長に投げつけるクーデルスだが、そんな理屈を受け入れられるはずも無い。

 案の定、フェイフェイは待つかな顔で机を殴りつけると、噛み付くような激しさでクーデルスの言葉を否定した。


「そんな馬鹿な!! そんな話は聞いていない!!」 

「私は施設について、必要な事があれば今のうちに聞いてくれといいましたが、貴方は必要ないとおっしゃいましたしねぇ」


 まるでフェイフェイの反応を楽しんでいるかのように、クーデルスはクックッと喉の奥から笑みをもらす。

 ――この男、このとんでもない状況を楽しんでいる!?

 聴衆や陪審員は、この不気味な男の更なる異常性を感じ取り、全身に鳥肌を立てていた。


「詭弁だ! 危険があるなら事前に説明する義務があるだろ!!」

「……なぜ? 危険なんてどこにでもありますよ。

 それこそ人間という生き物は、その場で転んだだけでも頭の打ち所が悪かったら簡単に死ぬでしょ。

 でも、誰も床の危険性については説明の義務を持ちませんよね」


 それこそ凄まじいまでの詭弁である。

 だが、それを詭弁で終わらせないだけの何かがクーデルスという男からは感じられた。

 まるでこの男、裁判の当事者でありながら別の場所から覗き込んでいるだけのような違和感を漂わせている。


「それとこれとは話が違う! 常識で考えろ!!」

「それは貴方の常識で、こっちは私の常識ですよ。

 誰にでも通じる常識なんて、空絵事ですね。

 ですが、そんな私達を平等に扱うために法律というものがあるのです。

 で……これは法としてはどう判断されるのですか?」


 クーデルスは、それまでただやり取りを見守っていただけの裁判長に突然話を投げた。

 すると、裁判長は一瞬目を見開いて驚いたものの、すぐに考え込み、咳払いをしてからこう判断を述べたのである。


「む……クーデルス氏による施設の説明が適切であったとは言いがたい。

 ゆえに、フェイフェイ氏に責任は無いと判断する」


 意外とまともな判断ではあるのだが、クーデルスはその口元に冷ややかな笑みを浮かべた。


「……ほう? では、この契約書は無意味と?」

 その声の圧力に、裁判長は一瞬うろたえる。

 まるで人食い虎の檻をうっかり開けてしまったかのような、そんなとてつもなく嫌な予感が脳裏をよぎった。


「無意味ではない。 適応外と言うだけだ」

「異議を申し上げるところですが、まぁ後にしましょう」


 ……とまぁ、そんな感じでクーデルスが異様な存在感を放つ裁判は数時間に及んだ。

 そして裁判官と陪審員が協議に入り、いよいよ判決が出る。



「判決。 この事件においてフェイフェイ氏に責任はなく、植物型の魔物による全ての責任はクーデルス氏にあるものと……」

 だが、その判決を最後まで告げる事はできなかった。


「はい、そこまで。 茶番はもう結構」


 事もあろうか、クーデルスはその判決の台詞に割りこんで言葉を放ったのである。

 あまりにも無礼な行為に、一瞬全ての者が言葉を失った。


「貴様! 何と言う無作法を!! 法廷を侮辱する気か!!」

「黙れ、侮辱しているのは貴様らのほうだろうが!!」

 反論したのは、クーデルスの隣にいた大司教ゴルヴナルだ。

 

「これのどこが裁判じゃ! ただ人を陥れるだけの悪魔の宴ではないか!

 おぞましい! この上もなくおぞましいものを見たわっ!!

 神の奇跡を否定するばかりか、私利私欲に走るとは言語道断!

 貴様らには恥じる知るどころか、生きている意味すら無いっ!!」


 だが、クーデルスはそんな人間たちの言葉には全く耳を傾けず、虚空を見据えて言葉を放った。


「このように、この街の裁判制度は腐りきっておりますが、どう思われますか?」


 いったいこの男は誰に向かってその台詞を告げたのであろうか?

 誰もがそう疑問に思った次の瞬間、法廷の天井を突き抜けていくつもの光が下りてきたのである。

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