第39話
「これは……まさか」
降りてきた光が人の形をとるにつれ、法廷の人々の顔が青くなる。
大規模な幻術という可能性を考えた者もいるが、そんなものが使えるならば、最初から使って裁判を結末ごと捻じ曲げるほうがはるかに簡単だ。
驚きうろたえる人々を見据え、クーデルスは静かに告げる。
「ユホリカ神の眷属の方々ですよ。
ちなみに、貴方たちよりはるかに偉い方々だと思うのですが、頭が高いと思いませんか?」
次の瞬間、クーデルスを除いた全員がひれ伏していた。
そして相変わらず立ったままのクーデルスが咎められないのを見て、人々は改めてこの不気味な男に恐怖する。
自分たちは一体何を敵にしてしまったのだろうかと。
「それで、ご感想はどうでしたか?」
「クーデルス殿には大変なお目汚しを。 公平さの欠片も無く、申し開く術もございません」
クーデルスの不遜な質問に対し、降りてきた神々はまるで格上を相手しているかのような言動を取る。
人々にとっては、あまりにも異様な光景であった。
そんな中、顔を汗まみれにしながらフェイフェイが問いただす。
「き、貴様……いったい何をした!?」
「裁判ですよ。 ただし、人間のものではなく、神々の法によるものですが。
多分、訴訟を行ったのは私のほうが先ですね」
つまり、この法廷で行われていた裁判と言う名の茶番は、もっと大きな神の法廷と言う名の盤上に置かれた駒に過ぎなかったのだ。
そして予想通り無様な結末を迎えたことを確認し、クーデルスは別の駒を動かしていらない駒を潰したのである。
「貴方たち、いつから自分たちが裁判をしていると思ってました?
……私や神々に試されているだけとも知らずに。
そもそも、この私が人間ごときの裁判に何を期待するというのです?」
最初からひっくり返すことを前提にした遊戯盤。
まさに彼がアモエナに語ったとおりの、ゲームにならない必勝方法を実践した形だ。
だが、こんな展開は奇跡的に起きるはずのものであり、こんな手を狙って使うことなどできるはずも無い。
――少なくとも、人間には。
「お、お前、何者だ!? その口ぶりだと、人間ではあるまい」
「貴方たちごときに説明してあげる義理はございませんねぇ」
クーデルスはつまらないから取り合うつもりは無いといわんばかりに肩を竦め、さらなる暴虐を行うべく言葉を紡いだ。
「さて、せっかくなので裁判らしく質疑応答とまいりますか」
その視線は、まっすぐに裁判長とその後ろに控える陪審員たちに注がれている。
もはや彼らに逃げる場所はなく、ただクーデルスの追求が穏便でいることを願うのみであった。
……そんな事はありえないというのに。
「まずは裁判長と陪審の皆さん。
貴方、フェイフェイさんにお金を貰って判決を捻じ曲げましたね?」
「違う、そんな事はしていな……ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
裁判長の嘘に反応し、頭上の雲から即座に雷が落ちた。
そのまま裁判長はヒクヒクと痙攣し、すぐに動かなくなる。
「おやおや、勝手にしなれては困りますねぇ。
この法廷が裁きの雲に覆われていることをお忘れですか?
せめて真実ではあるが全てではないことを言うぐらいの腹芸は見せてくださいよ。
情けなさ過ぎてやる気がなくなります」
クーデルスがパチンと指を鳴らすと、カハッと苦しそうな息をつき、強制的にこの世へと呼び戻された。
祈りの言葉すら必要の無い、あまりにも異様な治癒魔術。
おそらく神の力を借りたものではあるまい。
「まぁ、いまさら手加減なんてしませんけどね。
これ、なんだかわかりますか?」
そういいながら、クーデルスは机の上に書類を追加する。
「貴方たちが今まで行ってきた不正な裁判に関する資料ですよ。
せっかくの機会だから、全部清算してしまいましょうね?」
まるで患者を気遣う医者のような口調だが、その真意はゆっくりと心をへし折りながら社会的に抹殺するつもりなのであった。
しかし、その目論見は予想外の存在によって介入を受ける。
「その必要はありません」
「アモエナさん? ……ではありませんね」
突如として現れたアモエナだったが、クーデルスは即座にその言葉を否定する。
「ユホリカさん。 勝手に人のところの大事な子の体を使わないでくださいませんか?」
「この子の体を借りる事が出来れば、貴方に何かされる心配はありませんからね。
伝え聞いたとおり身内に甘くて女好きなようで何よりです。
それと、本人の了承を得ているので、問題はありません。
自分だけ蚊帳の外にされて、辛い思いをしていたようですよ?」
ユホリカ神がアモエナの顔で微笑みを浮かべると、クーデルスは口をへの字に曲げて不満を示した。
「み、皆のもの! ユホリカ神のご降臨であらせられるぞ! 控えよ!!」
大司教ゴルヴナルがそう叫びながら平伏すると、クーデルス以外の全ての者がそれに従う。
そしてシンと静まり返った法廷の中、ユホリカ神の乗りうつったアモエナの声が響き渡った。
「人の子らよ。 貴方たちの罪は、もはや死ですら償う事はできない。
……ゆえに、この騒動で商人フェイフェイに加担していた全ての門派を破門いたします」
その判決に、罪を宣言された者達は震え上がる。
神から直接破門されることは死よりも重い罰であるからだ。
破門された者はこの街にはいる事は許されず、抗えば、神罰が下る。
さらには穢れた民としてあらゆる街から拒絶され、その子孫に至るまで半永久的にさまよい続けることになるのだ。
しかも宗門ごと破門されたならば、その派閥に属している信徒も等しく破門を受けてしまうのだから恐ろしい。
ただし、直接罪を犯していない者であれば別の神を崇める宗派に入ることで免れる事もできる。
とはいえ、一度どこかで破門された者を受け入れる神や宗教は稀であった。
「ば、馬鹿なことを!!
我々の派閥に属する信者がどれだけいると思う!
宗派にして三割以上、人口で言えば、およそ八割にも及ぶのだぞ!!」
神の前であるにも関わらず、裁判長は怒りと恨みのこもった声を上げる。
その全身には、破門されたことを示す黒い文様がすでに刻み込まれていた。
「それがどうしたというのです。
私とこの街は、私の定めた法と正義の心を守ろうとする者たち以外、必要していません。
それ以外の者は、最初からいないのと同じ事」
アモエナを通したユホリカ神の目が、汚らわしいものを見るような視線を裁判長に向ける。
「関係ないだと!? お前の守護する街が衰退してもいいのか!!」
「衰退? お前の言う繁栄が穢れた富を積み上げるという意味だというのなら、むしろとっとと滅びてしまいなさい。
私は裁定神。 私の望む繁栄とは、人々が法を愛し、自らに恥じることなく生きることです。
そうでないならば、繁栄など全く意味が無い。 むしろ汚らわしいだけではありませんか」
はっきりとそう言いきると、ユホリカ神は罪深い者達へと告げた。
「さぁ、出てゆきなさい。 私の街から」
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