71話

「やれやれ、難儀なものだな。

 戦争だなんて野蛮の極みだってぇのに、どうにも楽しくて仕方が無い」

 目の前に広がる光景を見据えながら、ガンナードは腕を組んだまま呟いた。


 彼の目の前には、枝葉を編み物のように絡めて作られた樹木の城砦と、それを囲む自軍の兵の姿がある。

 敵の城砦は予想以上に広大で、生憎と一万の兵をもってしても完全に囲むのは不可能であった。


 いや、正しくは包囲を避けたというのが正解だろう。

 無理に囲もうとすれば包囲の網の厚みがなくなってしまい、一点突破で簡単に逃げられてしまうからだ。


 ……となると、相手を兵士以外で包囲する必要があるのだが、まさか王太子がいる場所に火を放つわけにはゆかない。

 では、どうするか?


 わざと相手に逃げ口を用意してやって、そこに伏兵をしのばせるのも一つの方法だろう。

 考えれば、他にもまだ良い方法があるかもしれない。

 そのあたりを考えるのが、戦争の醍醐味の一つなのだ。

 

「とはいえ、なんとも厄介だな。 本来ならば、援軍もないのに篭城とは愚かの極みなんだが」

 だが、それは人間に限っての事。

 敵であるスイカ農民は、土と水と太陽の光さえあれば食料は必要なく、しかも時間さえあれば無限に増殖する事が可能な存在である。

 しかも、もともとここは農作物を栽培するための灌漑設備が整っているため、ほぼ無限に篭城が可能なのだ。

 その水源をどうにかしようにも、井戸水なので対処が難しい。


 そんな事を考えると、不意に風が乱れ、一人の男が姿を現した。

 エルデルである。


「ふぅ……まいったな。 予想以上に警備が厳しくて、王太子を先に救出するのはちょっと厳しいぞ」

 わざとらしいほどに大きくため息をつくと、エルデルは野戦用の簡素な椅子に腰をおろした。


「そんなに守りが堅いのか?」

「あぁ。 クーデルスの予想通りあいつら農作業用の蜜蜂を手懐けて警報装置代わりに使ってやがる。

 とてもじゃないが、アレは回避できる代物じゃないな」

 そんな言い訳を聞いて舌打ちするも、ガンナードは仕方が無いと腕を組みなおして考えごとを始める。

 凄腕の斥候とはいえ、広大な空間を無数に飛び交う蜜蜂の目を掻い潜れというのはさすがに無茶だ。


 隠蔽系の魔術を使って忍び込むにも、その類の術は爬虫類や昆虫系などの通常では無い視覚を持つ存在に対しては効果が薄いと知られている。

 ――もっとも、それが熱源感知や紫外線視認能力によるものであることまでは知られていないが。


「……となると、最初の予定通りこちらの戦力が敵の勢力を叩いて混乱させているうちに、お前が王太子を救出と言う流れになるな。

 どうだ、エルデル。 やれそうか?」

「まぁ、出来なくはないだろうが、その程度の事は敵も予想しているだろうな」

「まぁ、さすがにそこまでマヌケじゃないだろうからな。 であれば、わかっていても対処できないようにしてやればいい」

 ガンナードは唇を邪悪な形にゆがめると、実に楽しそうに笑って背後を振り返った。


 そこにあったのは、真っ黒な綿の塊。

 しかも、その丸い一つ一つが人間の背丈ほどもある。

 それは、今回の作戦のためにあらかじめクーデルスに用意させた特注品であった。


「やれ!」

 ガンナードが号令を仕掛けると、スイカ兵士たちがその黒い綿の塊を投石用のカタパルトへと次々にセットし始める。


「じゃあ、始めようか。

 ――作戦名:ハニーハント、始動!!」

 その掛け声と共に、綿の塊が宙に放り出された。

 そしてそこに、ガンナードの守護女神パラディオンが射程距離を稼ぐために追加される。 風の魔術の支援を受けた綿の塊は、敵の防壁を軽々と超えていった。


 その不可解な攻撃に対し、防壁の向こうからは矢の雨が降り注ぐ。

 しかし、綿の塊に矢を撃っても意味がなく、さらには、あらかじめ十分な距離をとっていたガンナードの陣営までは矢が届かない。

 射程距離の格差とは、戦場において恐ろしくも残酷である。


 やがて綿の塊が打ち止めになった頃。

 エルデルが不意に立ち上がった。


「じゃあ、俺はもう一度行ってくるよ」

「あぁ、ヘマするんじゃないぞ、エルデル」

 ガンナードの呼びかけにエルデルは振り向きもせず、軽く手を振って駆け出してゆく。

 そして彼の姿が見えなくなり、おそらく防壁を越えたころを見計らうと、ガンナードは再び立ち上がった。


「では、俺も仕事を本格的に始めるか。

 全軍に指示を出せ! 前進開始だ!!」

 彼の号令に従い、スイカ兵士たちが一斉に動き出した。

 

「弓隊、構え……撃て!!」

 つづいて、歩兵の前進を邪魔する敵の弓兵を牽制するため、味方の弓兵に矢を撃たせる。

 敵と味方の間を大量の矢の雨が飛び交い、その中を盾を頭上に構えた兵士が進んでいった。


 仕方の無いこととはいえ……それでも矢を防ぎきれず、何人もの兵士が倒れる。

 目の前で倒れた兵士を見下ろし、ガンナードは思わず顔をゆがめた。


「なんというか……微妙に嫌な光景だな。

 クーデルスの奴も、もうちょっと兵士の見た目を考えてくれたらよかったものを。

 いや、考えた結果かコレか」

 眉間に皺を寄せた後、ガンナードは忌々しいとばかりに吐き捨てる。


 クーデルスがガンナードに与えた兵士の正式名称は、戦乙女西瓜サンディア・ヴァルキュリエ

 そう――見た目は完全に美少女であった。

 戦場や死体などすでに見慣れたガンナードといえでも、美少女の死体が散らばっている光景は気持のいい光景では無いらしい。


「……とはいえ、性能は抜群なんだよな」

 前方を見れば、戦乙女西瓜サンディア・ヴァルキュリエの群の戦闘はすでに城壁にたどり着いている。

 通常であれば梯子を使って城壁を登るのだが、彼女たちはなんと、梯子のかわりに自分の毛髪を触手のように伸ばし、その味方の髪をよじ登ることで木の壁を乗り越えていた。


 むろん敵方も激しく抵抗しており、壁に張り付く髪――おそらくはスイカの蔓が変化したものを次々に草刈り鎌で切り払う。

 だが、切られても髪はすぐに再生し、気が付けば絡み合った髪の形状が階段状となり、完全に足場が確保されているではないか。


「うわぁ……なんというか、攻城戦における歩兵の理想形みたいな存在だな」

 そう呟いた瞬間である。


「おわぁ!?」

 今まで魚河岸のマグロのように転がっていた戦乙女西瓜サンディア・ヴァルキュリエが、ひょっこりと起き上がったではないか。

 そして、何事もなかったかのように敵のほうへと走り出してゆく。


「あ、そうか……スイカ農民も切っただけではバラバラになったまま生きていたよな」

 非戦闘用に作られたスイカ農民がそうなのだから、戦闘用に作られた戦乙女西瓜サンディア・ヴァルキュリエが矢が刺さった程度で死ぬはずも無い。

 彼女たちが倒れていたあたりの植物が枯れて茶色く変色しているところを見ると、おそらくは寄生植物よろしく周囲の植物から栄養素を強奪し、肉体の治療に当てたのだろう。


「うへぇ……なんというか、これは人間の戦いとはまたずいぶんと趣が異なるな」

 そして前線のほうに目をやれば、そこでは戦乙女西瓜サンディア・ヴァルキュリエとスイカ農民が互いに絡みつき、全身から根を伸ばして相手の水分と養分を奪い合っている。

 文字通り、植物と植物の戦いだ。

 バラバラにされてもそれだけでは死なないだけあって、もはや剣や矢など飾りに過ぎない。


 そうなると、数の多い戦乙女西瓜サンディア・ヴァルキュリエのほうが俄然有利になるわけで……。


「思った以上に楽な戦争だったな。 味方の被害が少ないのはいいことだが、どうも気味が悪い」

 ――できれば植物と戦争するのはコレっきりにしたいものだ。

 内心そんな台詞を呟きながら、彼もまた城壁まで移動すると、階段を取り付けられてもはや意味を成さなくなった木製の城壁を乗り越える。

 その時だった。


「うぉっ、地震か?」

 突然、ゴゴッゴゴゴゴコと大地が激しく揺れ始め、ガンナードはあわてて階段を降り、安全な場所を探し始めた。


「違う。 これは……地震じゃないぞ?」

 地面が揺れるという現象こそ地震に似ていたが、その揺れかたは地震のものとは異なっていた。

 そう、まるでこれは……。


「何か巨大な生物が暴れている?」

 もしくは何か大きな爆発があったのではないだろうか?

 揺れの時間が長いところを見ると、おそらくは前者である。


 そして揺れが収まってしばらく。

 ガンナードは、はるか後方から何か巨大な生き物が飛来してきたことに気がついた。


「あれは……竜!?」

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