70話
「さぁ……手を」
甘い囁きと共にアデリアへと手を差し伸べるクーデルス。
そしてアデリアが夢見るようなまなざしでその手をとろうとした時であった。
「ちょっと待てよ」
そんな言葉と共に、クーデルスの救済に異を唱える者がいた。
「何ですか、ダーテンさん」
やや青褪めた顔で、拳を握り締めつつ足を踏み出したダーテンは、アデリアを背にし、クーデルスとの間に割ってはいる。
「まさか不満があるとでも?」
「あるに決まってんだろ!」
怒りとも嘆きともつかない思いをこめて声を震わせるダーテンだが、クーデルスはそんな彼を見て意味がわからないとばかりに首をかしげた。
「なぜです? 貴方は彼女の幸せを望まないんですか?」
自分の弟分の反抗に、クーデルスは深く傷ついた顔を見せる。
ただ、驚きはなかった。
まるで、そうなることを予め知っていたかのように。
「も、もちろんアデリアには幸せになってほしいとは思うけど、そういうのじゃなくて!!」
まるで子供の癇癪のように声を荒げながら、ダーテンは必死で何かを伝えようとしている。
だが、いざ伝えようとすると、その思いを伝えるための適切な言葉がみつからない。
そんな焦燥に焼かれ、彼の端正な顔は苦悶に歪んでいた。
「じゃあ、何だというのですか?」
クーデルスは珍しく苛立ちを見せて、弟分の言葉を問いただす。
言葉にもならない程度の理由で、せっかく全てが上手く行きそうなところを邪魔されてはたまったものではないと言わんばかりに。
「なんていうか、うまくいえないけど……そんな風にアデリアが幸せになるのは、なんか嫌なんだ!!」
「つまり、貴方の我侭ですか?」
やっとのことで紡ぎだしたダーテンの台詞を、クーデルスは冷静な言葉で切り捨てる。
とっさに何かを言い返そうとするダーテンだが、開いた口から何か言葉が紡がれる事はなかった。
ただ、形にも言葉にもならない激情が全身を巡り、その顔が見る見る紅潮してゆく。
「……くっ、そ、そうだよ! 我侭だよ! それの、何が悪い!!」
「そんな泣きそうな顔で叫ばないでください。 子犬みたいでうっかり頭を撫でそうになります」
おそらく世界広しと言えども、逆上している第二級の闘神を子犬にたとえる猛者はそう多くあるまい。
むしろクーデルス以外には誰もいないといったほうが適切だ。
「だっ、誰が泣きそうな顔だよっ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶダーテンだが、クーデルスはその問いかけには答えず、かわりに深々とため息をついた。
そして同性ですら心がざわつくような優しい声で彼に告げる。
「よろしい。 どうせ、言葉にしようとしても貴方の場合は空回りするだけです。
仕方がありません。 今回は特別に、貴方の流儀で聞いて差し上げましょう」
「えっ、なに、その無駄な色気!? 俺の流儀って、何!?」
「すぐにわかりますよ。 まったく……手間のかかる。
でも、貴方も大事な弟分ですからね」
うろたえるダーテンから視線を晒すと、クーデルスはアデリアに向かって話しかけた。
「……アデリアさん、少し離れていてくださいますか? この部屋の壁際ぐらいで良いので」
「えっ、あ……はい。 ここでよろしいかしら?」
「はい、よろしいですよ」
アデリアが壁際まで下がるのを確認すると、クーデルスは再びダーテンに向き直る。
「では、少しお待たせしましたね、ダーテンさん」
そして彼は拳を握り締めると、体を半身にそらして構えを取った。
「さぁ、かかって来なさい。 貴方が我侭を言うのなら、拳で諭してあげます」
「はっ、ははは、ははははははは!
……そういうことかよ。 確かにそれは俺の流儀だわ、兄貴。
ごめんな、出来の悪い弟分で。
頭が悪くて言葉に出来ない俺の気持ち、その体で受け止めてくれよ!」
そう叫ぶなり、ダーテンは雄たけびをあげて素早くクーデルスへと駆け寄った。
次の瞬間、パァァァァンと何かが破裂するかのような音を立て、クーデルスの体がものすごい勢いで壁まで吹き飛ばされる。
そして飛んできたクーデルスを受け止めた壁は爆発するかのように砕け散り、その衝撃でうまれた土煙があたりを濛々と覆い隠した。
飛んできた壁の破片がアデリアの頬をいくつも掠め、床に落ちてパラパラと雨のような音を立てる。
「い、い、いゃあぁぁぁぁぁ!!」
さすがのクーデルスも、あれでは死んでしまったのではないか?
そんな惨劇を想像してしまい、アデリアは思わず悲鳴を上げた。
だが、彼女は気づく。
ダーテンが、未だに戦う構えを解いていないことに。
その時である。
「……アデリアさん。
すいませんが、そこもまだ危ないようです。
配下の者に案内させますので、避難していただけますか?」
そんな台詞と共に吹き寄せた風が土埃を追い払い、クーデルスが姿を見せた。
しかも、挽肉どころか傷一つついていない。
「え……あ、はい」
気の抜けた返事をするアデリアを、後ろからメイド姿のスイカ人間が抱きかかえ、そのまま有無を言わせずに持ち上げて部屋から出てゆく。
「ほんと、プライドが傷つくわ。
俺、わりと本気で殴ったんだぜ? いくら腕でガードしたからって、無傷は無いだろ」
「すいませんねぇ。 父親譲りの頑丈な体なんです。
たぶんまともに殴られても、ちょっと痛いぐらいですんじゃうんじゃないですかねぇ」
体についた土埃をパンパンと払い落とすと、クーデルスが再び拳を構える。
「……言ってくれるねぇ。 その自慢の体、いつまでもつかな?」
「貴方の体力が尽きるほうが先だと思いますよ。 試してみますか?」
そして二人の拳がぶつかりあい、クーデルスの広大な屋敷が文字通り物理的に揺れた。
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