25話

「ちっ、めんどくさいことになってきやがったぜ」

 その頃、誰もいないところで淫神モラルは爪をかんでいた。


「ようやく地上に舞い戻る事ができたってのに、なんであんな奴らがいるんだよ。 マジふざけんなってかんじ!?」

 怒りのあまり、ガチンと爪の先を噛み切る。

 その拍子に、人差し指に飾りとしてつけていた小さな淡水真珠がポロリと零れ落ちた。


「あぁ、もぅ、イライラする! ほんと、イライラする!!」

 地面に落ちた真珠を拾うことなく、むしろ怒りをぶつけるために足で踏み潰す。

 真珠が粉々になったことで少し溜飲を下げると、彼女は再び爪をかみ始めた。


「だいたい、なに者なんだよあのオッサン。 あんなのが地上にいるとか、本気でありえないんだけど!?」

 本来ならば、第一級の神である彼女の思い通りにならないことなどほとんど無いといっても良いだろう。


 だが、彼女の危険性に真っ先に気づいた眼鏡のオッサン、あれはたぶんヤバい。

 見た目こそ地味で、背が高いほかには特に目立った特長はなかった。

 だが、第一級の神である彼女をもってしても全く無害なオッサンにしか見えなかったのに、彼女が放った魅了の力を全く受け付けなかったのはおかしすぎる。


「まぁ、あの封印を突き破ってアタシを強引に連れ出したんだから、ヤバい奴がいるのは予想していたけどさ。 ちょっと斜め上すぎない?」

 ただの直感でしか無いが、自分を天界から連れ出したのはおそらくあのオッサンの仕業に違いない。

 少なくとも、隣にいたゴツい体をした若造には不可能である。


 だとしたら、自分以上の魔力を持っていることになるのだが……考えられるのは、他の神が使わした勇者か、魔帝国の主。

 もしくは人に化けた龍の王族ぐらいだろうか?


 だが、勇者であれば自分を天界の檻から解放するはずがないし、魔帝国の主には自分の魅了に対抗できるほどの力はないだろう。

 ……となれば、龍の王族と言うことになるのだが、あのオッサンは眼鏡をかけているうえに長く伸びた土色の前髪が顔半分を覆い隠しているため、かなり地味で陰気だった。


 龍族というのは例外なく派手好きで傲慢な性格をしており、あのオッサンとは全くイメージが重ならない。

 そうなると、全くもって謎の存在としか定義のしようがなかった。


「……ったく、あの二級神のガキ一柱でも面倒だってのに、なんであんな奴がいるんだよ! ちょーサイアク!!」

 考えれば考えるほど不安になる。

 なんとか先手を取って村人をけしかけたものの、相手は即座に状況を不利と判断して躊躇ちゅうちょなく逃げてしまった。

 無理に攻撃しようとしないあたり、かなり狡猾で実利的な性格……つまり、やりにくいタイプの手合いだ。


 しかも現在は建物の中に閉じこもっており、遠見の魔術で様子を探ろうとしても、結界張ってあるのか中の様子が全くわからない。

 あの手の奴に時間を与えるのは、経験上あまり好ましくなかった。

 どんな手段を思いつくかわからないからだ。


「とりあえず、あの建物自体に何か仕掛けた感じはしねーし、村人けしかけて解体すっか」

 ため息まじりにそう結論を出すと、モラルはいつものように特大の猫をかぶりなおす。


 とは言っても、この媚びた性格もまた彼女自身の一部なのだ。

 ほぼ正反対の個性でありながらも、彼女はこのアイドル然とした自分の事も好きなのであった。


「みんな、聞いてくださーい。 このままでは、あの子たちいつまで立っても出てきてくれないと思うの。

 だから、ちょっと乱暴かも知れないけど、あのお家……こわしちゃいましょ?」


 彼女が悲しげに目を伏せてそんな提案をすれば、すぐさま周囲から賛同の声が上がる。

 そして村人たちは大工道具を自宅から持ち出すと、一斉に小さな小屋を解体し始めた。

 

「うぉっ、なんだこりゃ?」

 彼らが解体作業を開始して五分ほどした頃だろうか。

 作業に参加していた団員たちのなかから、なにか予想外の事態に遭遇したかのような悲鳴が聞こえる。


「うわっ、キモい!」

 何事かと思って声のしたあたりを覗き込むと、はがした板の向こうから緑の蔓がウネウネと這い出してきているではないか。

 しかも、その蔓の密度は異様なほどに高く、完全に壁と化している。


「ありゃー これは団長の仕業だな」

「はぁ、なんとも元気なスイカの蔓だべなぁ」

 村人の発言からすると、どうやらこの緑の蔓はスイカであるらしい。

 いや、こんなスイカがあるはず無いだろと……いう心の声が現場では飛び交っているが、クーデルスを知る人間ならば、たぶん『またか』の一言で済ませるだろう。

 この程度で動じていては、とてもでは無いがそばにはいられない。


「どうすんべー? これじゃ家を壊しても中には入れねーべさ」

「しょーがなかんべ。 出てくるのを待つだよ」

「そのうちお腹がすいたら出てきますよ」

「でも、団長だと、中で野菜育ててご飯にしないか? たぶん、中で育てたスイカ食ってるぞコレ」

「あ……」

 しばらくそんな会話を続けた村人と団員たちであるが、しばらくすると急にあわただしく動き始めた。


 いったい何をするのかとモラルが見守っていると、彼らはなんと火をおこし始めたのである。

 ――まさか、火攻めで蔓を焼き払う気か!?

 彼らの思いもよらない過激な行動に、モラルがショックを受けていると、村の女たちがなにやらたくさんの荷物を抱えてゾロゾロとやってきたではないか。


 いったい……何をする気なのだろう?

 すると、風の中になんとも食欲をそそる香ばしい匂いが漂い始める。

 これは、まさか……焼肉!?

 しかも、連中は酒まで持ち出して、どんちゃん騒ぎを始めたではないか。


 ――これはまさか、火攻めならぬ焼肉攻め!?

 たしかに植物を操って野菜や果物を得る事はできても、肉ばかりはどうしようもない。

 その掻きたてる食欲は、筆舌しがたいものがあるだろう。

 やんわりとした方法に見えるが、なかなかえぐいやり方だ。


 あぁ、それにしてもなんというおいしそうな"欲望"だろうか。

 酒、肉、躍動する歓喜……きらびやかで甘く、ソレでいて刺激的な感情である。


 無意識に村人の欲望をすすりそうになったモラルだが、彼女はぐっとその衝動をこらえる。

 彼らはこの宴会で筋肉少年神と眼鏡中年を誘い出す気でいるのだから、彼女が足を引っ張るわけにはゆかない。


 そしてしばらくすると、建物の中からひときわ大きな腹の虫がグゥゥと名乗りを上げた。

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