24話
夜もふけたハンプレット村。
その一角にある粗末な小屋の前で、ドアを叩く音が鳴り響く。
「クーデルスさん、でてらっしゃい」
「団長さんよー、そんなところに閉じこもっていても何もいい事はなかんべや?」
そんな台詞を口にしながらドアを叩いているのは、ほぼ全ての村人と復興支援団の団員たちであった。
一見して穏やかで、思春期をこじらせた子供を見守る大人たちのようにすら見える光景である。
だが、内情は全く次元の異なる恐怖をはらんでいた。
建物の中に閉じこもっているクーデルスやダーテンからすれば、ゾンビ映画の主人公にでもなったようなものだろう。
だが、ゾンビと違って、いま建物を取り囲んでいるのはクーデルスたちに対して善意に満ちた、穏やかで、愛を持って接しようとしている人々……つまり善人である。
たとえその背後に、クーデルスたちを捕らえてその欲と活力を吸い尽くそうとしている魔神がいるとしてもだ。
「で、どうするんだよクーデルスの兄貴」
「誰が兄貴ですか。 こんなむさくるしい弟を持ったおぼえはありません」
埃っぽい小屋の中で、明かり代わりに光る花を生み出しながら、クーデルスはそっけない台詞をダーテンに返す。
白く柔らかな明かりに照らされた部屋の中は、板の床に粗末な藁の寝台が置かれただけの、貧しい農民らしいつくりになっていた。
炊事をする場所すらないところを見ると、裕福な農民の下で働く一人暮らしの小作人といったところだろう。
「……冷てーなぁ。 でも、いつまでもこんなところに閉じこもっているわけにはいかねーだろ?
かといって、俺達が下手に反撃すれば、人間共はみんな死んじまうぜ?」
なかば愚痴のような口調で台詞を吐き散らしながら、ダーテンはふてくされたような顔で寝台に腰をかけ、そこに染み付いた住人の体臭に顔をしかめる。
「その通りです。 まぁ、私もやろうと思えば傷つけずに無力化できなくもないのですが、たぶん体の代わりに心へ傷を残してしまうんですよね。
なので、基本的にはその背後にいる淫神モラルを直接叩く方向しかないでしょう」
「まぁ、そうなるよなぁ。 で、もう少し具体的な作戦はねぇの?」
「それはまだ秘密です」
そんな会話を続けながら、さらにクーデルスは床板の上にいくつもの花を咲かせた。
粗末な部屋の中が色とりどりの花に覆われて、まるで植物園にある豪奢な温室のように華やぎ始める。
もっとも……中にいるのがむさくるしい眼鏡の中年男と、全裸寸前の筋肉少年では全く目の保養にはならないのだが。
「へぇ、視覚遮断と遮音と精神体進入禁止の結界かぁ。 器用だね、兄貴ぃ」
気が付くと、外から聞こえる村人や団員達の声が全く聞こえなくなっていた。
小屋の壁に出来た隙間なども花で完全にふさがれてしまい、これでもう誰も小屋の中を探る事はできない。
「ひと目でそれを理解する聡明さは認めますが、君に兄貴と呼ばれると妙な寒気がします。
……まぁ、それはさておき、まずは相手の特性について考えましょうか」
クーデルスは一通りの準備を終わらせると、ようやく作戦について話し合う姿勢を見せる。
今まで具体的な話しをしなかったのは、淫神モラルが魔術でこちらの様子を伺っている可能性を警戒しての事だ。
「おぅ、わかったぜ兄貴。 まずは俺の知っている話だけどさぁ、あいつはもともと浄化と豊穣を司る女神だったらしいぜぇ」
――だから、兄貴はやめてくださいといっているのに。
相変わらずの兄貴呼ばわりにげんなりしながら、クーデルスは目に手を当てつつダーテンの言葉に耳を傾けることにした。
「属性は水で、シンボルは蓮。 人々の邪念を吸い上げて、それを豊穣の力として世界に還元するというのが本来の姿なんだそうだ」
根本的に、神々とは人々にとって有益な存在である。
なぜならば、彼らは世界に満ちる人々の願いの化身であるからだ。
彼らは天界で生まれた後、特定の方向性の願いを選んでその身に蓄積させることで自らの力の方向性を定める。
そしてその願いをかなえることで、さらに人々の感謝の気持ちを受けて成長するのだ。
ゆえに、自らを淫神と名乗るモラルも、本来は人々にとって有益な存在でなければならないのである。
「それがなぜあんな困った存在に?」
「俺もよくはしらねーんだけどさぁ、あいつ、吸い取った人々の邪念を味覚として感じちゃうらしくてよ。
中でも人々の邪淫が大好物だったったんだってさ。 それで中毒みたいな感じになっちまったらしくて……ようは、酒に歯止めの利かなくなった酔っ払いみたいなかんじ?」
それで加減を忘れて人々の思念を吸いすぎた結果が、ひとつの国の滅亡である。
想像以上にダメな内容に、クーデルスは思わず両手で顔を覆っていた。
「つまり、欲望を浄化する存在でありながら、自分の欲望はまったく抑制できないという話ですか。
神々って一体……目の前の神もなんかやたらと軽いし。 私の中の神々と言う存在に対するイメージがどんどん壊れてゆきます」
「あー、なんかマジでゴメン」
ダーテンは目をそらし、気まずそうに頭をボリボリと掻く。
もっとも、自分を抑制できないというならばクーデルスも大して違いは無いのだが、ダーテンは懸命にも口に出す事は無かった。
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