75話
「なんでお前らがいるんだよ! というか、どうやってここまできた!!」
アデリアの横にいる美中年がクーデルスだと判明するや、エルデルは思わず疑問を口にした。
だが、アデリアとクーデルスは互いにどうしようとばかりに目を合わせると、同時に肩をすくめる。
「まぁ、端的に申し上げますと……王太子をたぶらかしにきた?」
「ずいぶんと人聞きの悪い言い回しですこと。 間違ってはおりませんけどね」
「お前等、そんな事をしていいと思っているのかよ!!」
それは、その国の人間として聞き捨てならない台詞であった。
次代の国王である王太子をたぶらかすなど、国を乗っ取るといっているのと同じではないか。
「まぁ、いいんじゃないですか? そう大した価値のある王族でもないでしょうし」
「邪魔をするというのなら、容赦しませんわよ?」
「本気で……言っているのか」
本気で言っているならば、もはや彼らは仲間ではない。
たしかに王家の連中の無能さについては、エルデルもまた日ごろから不満に思っているところである。
だが、それとこれとは話が別だ。
国の要であり、象徴でもある王家を私物化しようというのならば、こいつらは倒すべき悪党である。
だが……倒せるのか?
相手はあのクーデルスだぞ。
あまりにも恐怖に、エルデルの背中をつめたい汗が流れた。
「冗談で言えることではありませんね。 そんな事よりもエルデルさん。
王子の命の保証はしますので、おとなしくしていてくださいませんか?」
「出来るわけないだろ!!」
できるなら本当にそうしいたところだが、それではガンナードをはじめとするほかのギルドメンバーに顔向けが出来ない。
――あぁ、俺はここで死ぬのか。
エルデルは心の中でそう呟いた。
そんなエルデルの内心を見透かしたように、クーデルスはため息をつく。
「まぁ、それもそうでしょうねぇ。 さて、困った。
これ以上身内を傷つけたくはないのですが」
口ではそういいながらも、クーデルスの足元から大地へと大量の魔力が流れ込み、土の中で植物たちが蠢く音が聞こえる。
おそらくは、蔓か何かで捕縛するつもりだろうか。
――畜生、俺とは喧嘩をする価値も無いってか?
だが、それだけの実力差がクーデルスとエルデルの間には横たわっているのだ。
おそらく、エルデルは何もさせてはもらえない。
しかし、その時であった。
「貴方がやらないというのなら、わたくしがやりますわ」
なんと、クーデルスを押しのけてアデリアが前に出てきたのである。
「本気ですか、アデリアさん?」
「これでも、学園時代はレイピアの使い手としてそれなりに名が通っておりましたのよ?
それに、村にきてからは貴方からも色々と魔術について教えていただいておりますし、たかが斥候一人ぐらいどうにでもできますわ」
そんな挑発以外の何物でもない台詞に、エルデルはピクリと耳を動かす。
アデリアにそんな特技があるとは聞いた事もないし、彼女の手に武術を齧った跡は見られない。
ハッタリか?
だが、そうするメリットが無いのがどうにも気にかかる。
さぁ――どうしようか?
乗るべきか、反るべきか。
それが問題だ。
考えたのはほんのわずかな時間。
エルデルは、一か八かの賭けをする事にした。
受けなければ、希望が目減りするだけだと気づいたからである。
「たかが斥候一人だ? おい、黙って聴いていりゃ……ド素人の癖にずいぶんと舐めた口を利いてくれるじゃないか」
「別に? ただ現実を口にしただけですわ」
「ふぅん……だったら、賭けようじゃないか。
俺がこの勝負に勝ったら、おとなしく王太子の身柄を渡してもらおう」
「よろしくてよ? ただ、わたくしをあまり甘く見ないことね」
……よし。 これでほんの少しだけ可能性が見えてきた。
アデリアには失礼だが、エルデルはほんの少し胸をなでおろす。
というより、もしかしてアデリアのほうもこの暴挙を止めようと思ってこのような申し出をしてきたのではないか?
いや、それぐらいならば彼女は自分の言葉でクーデルスを止めたはずである。
短い付き合いではあるが、その白黒はっきりした性格については好ましく思っていた。
「やれやれ、仕方が無いですねぇ。
でも、殺しあうような真似は許しませんよ。
やりすぎだと思ったら即座に止めますので、あらかじめそのつもりで」
「わかりました」
「……それで問題ない」
エルデルとアデリアは、どちらともなく頷いてから距離をとった。
そして武器を顔の前に構えると、軽く一礼をする。
簡素ではあるが、どうやらこれがこの国の決闘の作法であるらしい。
「では、行きますわよ」
「かかってきやがれっ!」
……と勇ましく掛け声を上げてはみたものの、立ち上がりは非常に静かだった。
二人はピタリと動きをとめ、武器を構えたままその場でにらみ合っている。
だが、その内容はと言うと……。
エルデルはひたすら困惑していた。
――いったい何事だ!?
自信ありげに出てきたにもかかわらず、アデリアの構えは完全に素人のソレだったからである。
――やっぱりハッタリかよ! だが、何のために?
彼女がわざわざ剣士を語った理由がわからない。
多くの修羅場を潜ってきたエルデルだが、アデリアの意図は全く読めなかった。
ここは一つ、会話で探りを入れてみるか。
「おい、アデリア……」
だが、エルデルが声をかけようとした瞬間だった。
彼は、アデリアの口元がもごもごと動いていることに気が付く。
――しまった、呪文の詠唱か! いつのまに!!
思わぬ展開に、あわてて詠唱を邪魔しようと近づいたエルデルだが、その敏感な耳は意図せずアデリアの詠唱の言葉を拾い上げてしまっていた。
「……だいたい、何をやるのも急なのよ。 しかも、選択肢なんて始めっからないようなものだし、あったとしてもあっさり言葉で摘み取ってくれるし。 結局わたくしってアイツの手の中で踊っているだけ? ふざけないで。 私の人生は私のものよ。 それをさもありがたく思えとばかりに笑顔で差し出されても、こっちは素直に感謝できるはずないでしょ、あの変態め、変態め、変態め、変態め、変態め、変態め、変態め、変態め、変態め、どうしてくれよう、このやり場のない怒りをどこにぶつけてくれよう。 目の前のオッサンを焼いたらすっきりするかしら、いいえ、それだけじゃ足りないわ……」
「うわぁぁぁぁっ!?」
全身に嫌な悪寒が走り、思わずエルデルはアデリアから距離をとる。
彼女の口から紡がれていたそれは、紛れもなくクーデルスへの愚痴。
しかも、その陰々滅々とした言葉の一つ一つにしっかりと魔力がこめられているではないか。
こんな魔術、聞いたことも無い。
雰囲気からすると、むしろ呪術と呼ぶべきでは無いだろうか?
だが、それは確かに何らかの効果を結ぼうとしている。
そしてエルデルが距離をとったのを見計らって、アデリアはその異形の魔術を完成させた。
「……我が怒りを代償に、我に力を与えよ、憤怒の精!!」
一瞬、アデリアの体が真紅に輝く。
なんと、彼女は自分の吐き出した愚痴を代償に炎の力を呼び出したのだった。
「そこのオッサン、おとなしくわたくしの八つ当たりの的におなりっ!
「そういうことかよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「なぜに私までぇっ!?」
ズドォォォォォォォォォォォォン!!
凄まじい爆発が、エルデルのみならずクーデルスまで消し飛ばす。
アデリアを中心に発生した大爆発は、エルデルのみならず横で見ていたクーデルスまでをも吹き飛ばし、地面に大きなクレーターをあけたのであった。
そして、ボロ雑巾のようになったまま地面に突っ伏す男二人を見下ろして、彼女は満足そうな顔で息を吐く。
「ふぅ、スッキリしましたわ」
※注意)Me cago en tus muertos ミ・カゴ・エン・トゥス・ムェルトス
罵声である。 そうとうムカついた時に使う言葉であるため、朗読はやめたほうが良いでしょう。
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