74話
スイカ農民たちが占拠する農業施設は、大混乱に陥っていた。
その原因は二つ。
一つは外から攻めてきた大量の兵士。
そしてもう一つは……その兵士が投げ込んできた謎の毛玉だ。
それは足もないのにコロコロと転がることで動き回り、槍を刺しても全く傷ついた様子を見せない。
しかもその色が黒いことで、警備のために放っている蜂がクマが襲ってきたものと勘違いをしてしまい、勝手に攻撃を仕掛けてしまう。
おそらくこれは蜂たちを無効化するためのものだろう。
それも、恐ろしいまでに蜂の習性を知り尽くしたやり方だ。
では、この奇妙な毛玉をいったいどうするべきか?
本来ならば一箇所にまとめて焼き払えばよいのだろうが、生憎とスイカ農民たちは火を使う必要が全く無い生物であったため、この広大な敷地のどこにも火種が存在していない。
だが、捕縛して敷地のどこかに閉じ込めるには、あまりにも数が多すぎる。
しかも、外からはスイカ兵士たちが怒涛のように押し寄せてきているのだ。
……そんなわけで、彼らはこの黒い奇妙な闖入者に対して何の手も打てないでいた。
そして、その大混乱を利用して、敷地の中に忍び込んだ陰が一つ。
「よしよし、上手く言っているようだな」
エルデルは木の陰からそっと敷地の中をのぞきこむと、人気の無いタイミングを見計らって次の影へと移動した。
その動きは素早く、草を踏んでもカサリとも音はでない。
時折、影に隠れて通りすがったスイカ農民たちをやり過ごしながら、エルデルは少しずつ警備の厳重な区画へと入り込んでゆく。
そしてとある一角で、彼は足を止めた。
そこは一体のスイカ農民が番人として立っており、つまり中に勝手に入られると困る何かがあるということだ。
――ちょっと怪しいかな?
耳を澄ませば、中からは呼吸の音が聞こえる。
スイカ人間は植物なので、呼吸の音を立てない。
つまり、あの部屋の中には人間がいるということだ。
しかも一人ではない。
一人は王太子だろうが、他の人間は一緒に捕まった護衛だろうか?
少し離れているところからも呼吸音が聞こえるが、まずはこの場所を調べてみよう。
だが、まずは目の前の番人を倒さなければならない。
しかも、仲間を呼ばれないよう速やかに、そしてなによりも静かにだ。
「おそらく攻撃のチャンスは一度だけ。 どこを狙うべきか?」
通常ならば、声が出ないよう口を手で塞いだ上で喉だろう。 心臓を狙うと死ぬまでに若干のタイムラグがあり、意外と上手くゆかないものだ。
しかも、先日のサナトリアの戦いを見る限り、相手は喉を切り裂いたところで死ぬ事はなさそうである。
いや、そもそもあの生き物には声を出す器官が備わっていないのではないか?
だとしたら、どうするべきか?
その答えとして、エルデルは荷物の中から
「何度も使えないから出来るだけとっておきたいが、ここは使いどころだろう」
そして相手に糸が巻きついたタイミングを見計らって
――バリバリバリ、パシュゥゥゥゥ。
番人は一瞬体を硬直させると、声もなく白い煙を吐き出しながらその場に倒れる。
さすがは天空の力を集めて作った雷の
「よし、上手くいった」
エルデルは物陰から出てくると、番人が完全に死んでいることを確認してからドアを開ける。
窓すらない地下室のようなそこは、夜目のきくエルデルでも何も見えないほど暗く、何日も風呂に入っていない体臭と糞尿の臭いが混じりあった地獄のような場所であった。
――なんでこんな時にいないんだよ、サナトリア! ここはお前の出番だろ!!
今頃はベッドで眠っている鼻の利かない友人に悪態をつきつつ、エルデルは荷物の中から手探りで魔道具のランタンを取り出した。
「誰か……いるのか?」
エルデルの灯した明かりに反応したのか、闇の向こうから声が上がる。
その方向に光を向けると、そこには蔓に縛られた数人の男たちがいた。
かなり薄汚れてはいるが、服装として無駄の多い輪郭からすると騎士であろう。
「大丈夫か、いま助ける」
「た……助かった! 緑のゴリラみたいな姿をした、見た事もないような化け物に襲われて、ここに閉じ込められたんだ!!」
「おのれ、バケモノ共め! 騎士である我々にこのような仕打ちをするなど許しがたい!!」
体を束縛する蔓を切ってやると、騎士たちは興奮しながら口々に不満を叫び始める。
まずい! エルデルは落ちている蔓を拾い上げると、騎士たちの口に押し込んで猿口輪の代わりにした。
その時である。
何か得体の知れない大きな気配が、エルデルたちに近づいてくる。
まさか、気づかれたか?
これは、本気でヤバいかもしれない。
「静かにしてくれ! 敵が声を聞きつけてやってきたらどうする! 俺では対処できんぞ!!」
そしてモガモガと呻き声をあげる騎士の耳元で押し殺した声で囁くと、騎士はようやく状況を悟っておとなしくなる。
――無能だ。
おそらくこいつらなら、相手がただの山賊でも王太子を守りきれなかったに違いない。
そんな評価を下しながら、エルデルは必要なことを彼らから速やかに聞きだすことにした。
幸い、先ほどの大きな気配はここから離れていったが、次もこう美味く行くとは限らない。
「それよりも、この中に王太子殿下は?」
「この中にはいない。 最初から別の部屋に……」
なるほど、ハズレか。 とりあえず、ここにはいないのはわかった。
おそらく誰かが閉じ込められているもう一箇所に王太子がいるのか。
……この場から聞こえるほかの場所の呼吸音は、少し離れた場所に三つ。
いや、まて。 先ほどまでは、呼吸の音源はあと一つだったはずだ。
残り二つはどこから沸いて出た?
というか、先ほどの大きな気配はいったいどこに行ったのだろうか?
少なくともここに来る様子は無い。
何かがおかしい。 探らなければ。
「わかった。 あとは任せろ。 殿下は俺が助け出す」
「まってくれ、私達は……」
このあとどうなるかって? 知ったことかよ。
それよりも、早くここから出なければ。 騎士を助けるのに手間取ったせいでかなり時間を食ってしまった。 なによりも、そろそろ鼻がひんまがりそうだ。
追いすがる騎士たちをけり倒すようにして振り払うと、エルデルはまっすぐに音の源へと急いだ。
どういうことか、その周辺にはスイカ農民がいない。
そしてエルデルが王太子らしき音の下へたどり着くと、そこには思いもかけない人物がいた。
「アデリア……さん?」
王太子が閉じ込められているとおぼしき蔓で出来た繭の前にいたのは、見憶えのある金髪の美少女である。
その傍らには、見慣れない大柄な美丈夫が付き従っていた。
まるで絵画から抜け出してきたかのような組み合わせに、エルデルは一瞬見惚れて動きを止める。
すると、その見慣れない美丈夫はエルデルのほうに目をやり、彼の知っている声でこう話しかけてきたのだ。
「おや、遅かったですね。 エルデルさん」
「お前……クーデルスか!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます