第96話

 その頃、アモエナは桃色の蝶に導かれるままパトルオンネの領主夫人を尋ね、その屋敷へとたどり着いていた。


 だが、平民が貴族を訪ねてもそうすんなりと通るはずもなく……。

 案の定、門の前を警備していた兵士たちは、アモエナを見るなりハルバードを突きつけて警告を放った。


「なんだ小娘。 ここはパトルオンネ領主であらせられるルオン家の屋敷だ。

 用の無い者は早々に立ち去るがいい」


 ハルバードの鋭い切っ先におびえながらも、アモエナは懐から書状を取り出す。

 ロザリスに書いてもらった紹介状だ。


「あ、あの……奥方様……ビオレータ夫人にお会いしたいのですけど……」

「はぁ? 見るからに平民のお前がか? 誰かの紹介状でもあるなら話は別だが」


 ずいぶんとぞんざいな態度だが、見るから貴族でもないアモエナへの扱いならば、たぶんマシなほうである。

 そのため、解くアモエナはショックを受ける事もなく、兵士たちにむかって書状を差し出した。


「こ、これを……夫人に」

「なんだ? いったい誰からの紹介じょ……ロ、ロ、ロザリス様だとぉぉぉぉぉぉ!?

 そんな馬鹿な。 あの方は神だぞ! なぜお前ごときがこんなものを持っている!」


 紹介状に押された花印と署名を確認するや否や、受け取った兵士は声が裏返るほど驚きを見せる。

 本来、神々と言う存在はそれほどまでに関わることのない存在なのであり、アモエナは自分がいかに特殊な状況にいるのかを嫌でも思い知ることとなった。


 すると、今度は別の兵士がアモエナにハルバードを向けて疑いの言葉を口にする。


「さては偽物だな? ふざけるなよ、小娘。

 こんなもので俺達を騙せるなど……」


 だが、その時である。

 突如として紹介状が輝きを放つと、ゴゥッと土煙を巻き上げながら凄まじい暴風が兵士たちに襲い掛かった。

 そして数秒ほどで風が収まると、目の前にいたはずの兵士二人が忽然と消えているではないか。


「た、助けてくれ!」

 そんな声が聞こえてきたのは、なんと頭上から。

 見上げれば、アモエナの目の前にいた兵士二人はいつのまにか屋敷の屋根の上にいた。

 間違いなく神の言葉を疑った祟りである。


「やべぇ、本物だこれ……」

「マジかよ! どうやったら神からの推薦状なんかもらえるんだ?」


 周囲で様子を伺っていた兵士は、アモエナの持ってきたのが本当に神の書いた紹介状であることを理解して囁きあった。

 少なくとも、こんな魔術を手紙にこめておけるような存在は人間ではない。

 下手に関われば、自分も神罰を喰らうのではないか?

 そんな予感に怯えるあまり、地面に落ちている書状を誰も拾おうともしなかった。


「と、とりあえず書状が本物ならば、このまま外で待たせて置くのはまずいぞ」

「そ、そうだな……ど、どうぞこちらへ」

「え? あ、はい」

 手紙が本物だとわかるや否や、この手の平返しである。

 他の兵士によって丁重に迎えられたものの、そんな丁重な扱いに慣れていないアモエナは戸惑うばかりだ。


 そして待つこと二十分ほど。

 アモエナのいる来客用の部屋に、メイドたちにかしずかれながら一人の女性が入ってきた。


 年齢は三十代のはじめぐらいだろうか。

 菫を意味する名のとおり、濃い目の紫色をした髪が印象的である。

 服の色もその色に合わせているのか全てが紫で統一されていた。


 そして挨拶もなくその場で執事から紹介状を受ける取と、その内容を読み上げて少し困った顔をする。


「なるほど、ロザリス様のご紹介と言うことで何が起きたのかと思いましたが、さらに上の神々が関わっているとは」

「あ、あの……私の踊り、見ていただけますか?」


 いきなりそんな台詞を吐くアモエナの無作法にも気に留めず、ビオレータはアモエナの体を頭の天辺から足の先まで眺めて溜息をつく。


「もちろん見せていただくわ。 でも、惜しいですわねぇ。

 その体が本来あるべき成長をとげたなら、さぞ見栄えのする男役になると思いますのに」


「お、男役!?」


 予想もしなかった言葉に、アモエナは愕然として目を見開く。

 最近、王都では女性だけの劇団というものがはやっているのだが、田舎育ちのアモエナが知るはずも無い。


 そんなアモエナの様子を他所に、ヴィオレータはパンパンと手を叩いて小間使いを呼ぶ。


「いずれにせよ、踊るなら音楽があったほうがいいでしょう。

 今、楽師を手配いたしますわ」


「そ、それなのですけど、これを預かってます」

 そういいながら、アモエナは手荷物の中をごそごそと漁り始めた。


「……それは何かしら?」

 そして差し出されたのは、手の平から少しはみ出るぐらいの大きさのハンドルのついた箱である。


「ティンファの守護神ベラトール様からの預かり物で、オルゴールというそうです。

 そのハンドルを回すと、音楽が流れますので、ハンドルを回すスピードでテンポを調節してください」


「つまり、わたくしの好きなテンポにあわせて貴女が踊ると?」

「そうです」


 その言葉に、ヴィオレータはにんまりと笑う。


「面白いわ。 その踊りの技量がどれだけのものか、このわたくしが確かめてみましょう」

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