エピローグ3:エピローグ、あるいは破滅へのプロローグ

 さて、ここで唐突だが魔帝国の話をしよう。

 クーデルスがいなくなった魔帝国では、未曾有の大飢饉が訪れていた。


 事態は深刻であり、風雲急を告げる魔帝の城にて、今も悲痛な顔で陳情を行っている者共がいる。

 何をかくそう……彼らこそは、クーデルスを散々にこき下ろし、クーデルスの追放を画策した張本人たちだ。

 だが、その陳情を受けた魔帝王の顔は、真冬の風を思わせる笑顔・・であった。


「陛下! なにとぞ……なにとぞご慈悲を!!」

 目の前で床に額をこすりつける大臣だが、魔帝王はなんでもないようにその頭を踏みつける。

 それどころか、頭のてっぺんから禿げ散らかせとばかりに踏みにじった。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ! な、何をなさいますか!!」

 余りにも容赦のない魔帝王の所業に、踏まれた家臣が声を上げる。


「慈悲だと? 確認するが、何を持って慈悲と申すのだ。

 限られた食料でも皆が飢えぬように、無駄な連中を残らず始末すればよいのか?」

 そう告げながら、魔帝王は踏みにじる足に捻りをくわえながらおもいっきり力をこめた。

 ベキッという鈍い音が謁見の間に響き渡り、ベショッという湿った音と共に鉄くさい臭いが周囲に満ちる。


 あまりにも凄惨な光景に、魔族と呼ばれし者共ですら耐えられなかったのであろうか。

 うっ……と、その場に居合わせた大臣や高官たちが、そろって目をそらす。


 だが、彼らとて生半可な覚悟でこの場にいるわけではない。

 目を背けた大臣たちの中から、勇気ある者が進み出てさらに告げた。


「か、閣下!

 ど、どうか……南の魔王であるクーデルスを呼び戻してください!! このままでは、国が滅びます!!」

 だが、その血を吐くような嘆願にも、魔帝王は興味が無いとばかりに軽く首をかしげる。


「なぜ? お前たちがあれほど無能と罵った男だぞ?

 つまり、いなくなっても問題は無いとお前たちが判断した相手ではないか。

 よもや、自分の判断が間違えていたとか言い出すのではないだろうな?

 あれほど我に熱弁していたお前たちが」

 魔帝王は唇を吊り上げて、笑顔らしい表情を貼り付けたまま歩き出した。


 言っておくが、断じて笑顔とは言わない。

 むしろ悪意と憎悪に満ちた何かといったほうが良い代物だ。


 魔帝王は、カツカツと音を立てて、石畳の上に血と脳漿で足跡を刻み、その発言をした家臣の目の前で足を止める。

 そして不気味なぐらい芝居のかかった口調で語りだした。


「我等が国土は、そもそも作物の育成に適しておらぬ。

 土地がもともと痩せている上に、我々魔族は自然を管理する精霊共にも嫌わがちであるからな。

 それを魔術で無理やり捻じ曲げて、人間と頻繁に戦争が出来るほどにまで豊かな食料状況を作り出したのがクーデルスだ。

 まさか、そんな事すら忘れていたわけではあるまい。

 ちゃんと理解した上で追放を願ったのだろう?

 だいたいだ……どうやって呼び戻すのだ?

 お前たちの陳情により、呪いまでかけて追放したのは我であるぞ。

 今更、何と言えば奴が戻ってくると思う。

 生憎と、余にはさっぱり思いつかぬな。

 まさかお前たち、この我に頭を下げよと申すまい?」


 だが、それをせずしてクーデルスが戻ってくるとは思えない。

 それほどの扱いをしてしまった後なのだ。


 ――あぁ、この難関をいかに突破するべきか?

 何とかして魔帝王を説き伏せねば、この国の全てが魔帝王一人を残して破滅する。

 だが、迂闊な言葉を口にすれば、魔帝王はその者を嬉々として殺すに違いない。

 まるで虫けらのように宰相の頭を踏み潰したのは、たった数秒ほど前の話だ。


「食料が……食料が足りないのです! 閣下もご存知でしょう!?」

 死を覚悟した家臣が、顔を真っ青にしたまま叫ぶ。

 それを聞いた別の家臣たちもまた、その発言に勇気付けられたかのようにこの国の恐るべき現状を叫んだ。


「あの、クーデルスがいなくなったせいで、穀物は花も実もつけず、野菜は枯れ果て、さらには家畜までもが減るばかり。

 しかも、クーデルスを慕う南の領地の連中が、事もあろうか独立を宣言してしまったのです!

 そのせいで、あの領地で生み出される膨大な食料がこちらにはまったく入ってきません!」


 むろん、新しい四天王はすでに選出されており、新たな南の魔王がクーデルスの治めていた領地に赴任した。

 だが、一ヶ月もせずに、その領内で反乱が発生し、あっさりと新任の魔王が反乱軍に討ち取られてしまったのである。

 しかも、ほぼ一方的に蹴散らされた形だ。


 クーデルスの配下といえば自警団レベルの兵力しかないと噂され、人間の領地に一度も攻め入った事が無いことで有名である。

 だからてっきり、農業しか出来ないか弱い魔物ばかりだと思っていたのに……まさかの圧倒的戦力を見せ付けられた形だ。

 彼らを侮っていた連中にとっては、天地がさかさまになったような衝撃である。


「学者連中の試算によると、南の領地の食料が手に入らなくなった今、国の食料の自給率が1割にまで落ち込む可能性が高いということでございます!

 これは、未曾有の危機ですぞ!? 魔帝国の主として、何卒ご英断を!!

 現在は地魔術を駆使し、さらにダンジョンで食用可能な魔物を養殖して食いつないでおりますが、ダンジョンを稼動させる魔術師共の魔力の回復が追いつかず、今の状態を保つのは数ヶ月が限界でございます!!」


 まさに絶体絶命。

 魔帝国の命運は、今にも尽きようとしているかのように見えた。

 だが、その主である魔帝王は実にくだらないといわんばかりの表情でこう言ってのけたのである。

 

「西と東の魔王に食料支援を頼むがいい。 連中も嫌とは言うまい」

 四天王である西と東の魔王の領地は大公国と呼ばれ、それぞれの魔王の治める自治領である。

 おそらく南の領地でとれた作物も、友好関係にあるそちらの領地には流通させている可能性が高い。


 だが、家臣たちの顔白は相変わらず優れなかった。


「すでに陳情いたしましたが、反応は芳しくなく……先方の提示した量では、おそらく魔都の7割の住人が餓死する計算でございます」

 そもそも狡猾な西の魔王や、魔帝王への忠誠が低い東の魔王が、そんな要請にまともにこたえるはずも無いのだ。


 しかし、そんな現状にも関わらず、魔帝王は家臣たちにこう告げたのである。


「なら、死なせておけ」

「閣下!!」

 まさに魂を引き裂くような絶叫であった。

 いくら冷血非常を旨とする魔族の長とはいえ、これは余りにも無慈悲に過ぎる。

 怒りと絶望の余り、その場で全員が謀反を起こしかねないような空気がそこに生まれた。


「少しはお前たちも考えるがいい。

 馬鹿なことを考えるその前に、貴族共の所に軍を差し向けて溜め込んでいる食料を召し上げろ。

 それで少しはマシになるだろう」

「そ、それでは内乱が……」

「気にする必要は無い。 歯向かえば叩き潰す。 この国では魔帝王である我こそが正義であり法だ。

 それがこの国の常識では無いのか?」


 そう言われると、家臣たちにも返す言葉がなかった。

 なにせ……魔帝王がその気になければ、たった一人でこの国の住人全てを殺しつくしてしまえるのだから、誰も逆らえるはずもない。


「お、恐れながら申し上げます。

 そのようなことをすれば、おそらく……貴族共は内乱を諦め、食料を求めて人間の領土に侵攻を始めるでしょう。

 閣下はそれでかまわないとおっしゃるのですか! 戦争になりますぞ!!

 再び勇者が差し向けられては、御身の命すら危ういのでございますぞ!」

 戦争になれば、食料のないこの国に勝ち目は無い。

 結果として、おびただしい数の国民が意味もなく命を失うであろう。

 さらに、人間たちが勇者と言う最終兵器をその戦争のために再び用いるのは目に見えていた。


 しかし、魔帝王は笑う。


「私は一向に構わぬ。

 十分な食料もなしに人間共と戦えば、結果として無駄な食い扶持を手っ取り早く減らせるだろうな。

 だが、我を含めて強者は最後まで生き残るだろう。

 勇者についてだが……いざとなったら問題を起こした連中の首を手土産に人間共と和解すればいい。

 向こうも、我と勇者が直接ことを構えれば、その余はを受けて少なからぬ被害をうけることは知っているであろうしな」

「なんと無慈悲な!?」

 しかし、家臣たちの悲鳴を聞くなり、とうとう魔帝王は声を上げて笑い出した。


「なんだ貴様、私が誰だか忘れたのか? 無慈悲とは褒め言葉でしかないぞ」

「く、狂ってる!! 誰か、こいつを止め……ぶべっ」

 台詞の途中で、不遜な発言をしかけた家臣の首が飛ぶ。

 見れば、魔帝王はいつの間にか剣を抜いていた。


「馬鹿なことを。 私は最初からいたって正気だ。

 そもそも、お前たちが無能と蔑んでいたクーデルスにできた事が、なぜできないのだ?

 出来ないというのならば、お前たちは無能以下。 生きる意味すらないゴミと言うことではないか。

 ならば死ぬがいい、クズ共。 この無様な失態を死んで詫びろ。

 お前たちのような無能は、この国に必要ない。

 そうだろう? なぁ、下等生物共。 死ぬのがいやだというなら、責任をとれ。

 だが、この責任……貴様たちはどう償うのだ?」


 血の滴る剣を手にしたまま、魔帝王は楽しそうに語る。

 その様子に、このままここにいれば殺されると思ったのだろう。

 家臣たちは、一人残らず悲鳴を上げて逃げ出した。


 そして一人になったとたん……魔帝王は大きな声で笑い出した。

 体をくの字に折り、腹に手をあて、おかしくてしかたがないと言わんばかりに。


「クズ共が。 お前らに言われなくとも、クーデルスは呼び戻すさ。

 邪魔な奴らが一人残らず滅びた後にな。

 我が愛しいクーデルスの価値を認めず、我との婚姻を認めなかった連中など、一人のこらず滅んでしまえばいい。

 あぁ、今すぐ滅びればいい!

 そうすれば、クーデルスを呼び戻せるじゃないか!!」

 腰に手を当て、胸をそらしながらそんな台詞を吐いたその瞬間である。

 魔帝王の衣服からビリッ……と布を引き裂くような音が響いた。


「ちっ、またサイズが合わなくなったか」

 まるでその台詞に答えるかのように、魔帝王の衣服の胸が大きく膨らんでいた。

 その豊満な胸を忌々しげに睨みつけると、魔帝王は大きくため息をついく。


「クソが。 無駄に大きくなりおって……肩は凝るし、邪魔でしかたがない。

 マッサージをしてコリを揉み解してもらうにも、クーデルスはおらぬし。 他の連中に触れられるなど真っ平であるし、まったくロクでもないな」

 忌々しげに呟くと、魔帝王は身につけていた男物の上着をあっさり脱ぎ捨てた。

 その下から現れたのは、凶悪な急カーブを描くボディライン。

 よもや、この姿を見て男だと思う者はいるまい。


 そう、他人から舐められないように普段から男装をしているものの、魔帝王の性別は女性。

 しかも、かなり病んだ性格の上に、よりによってクーデルスに片思い中であった。


 その執着は激しく、クーデルスが前髪で顔を隠し、伊達眼鏡をかけているのも、他の女がクーデルスを見初めないようにするためにかつて彼女が約束させたことである。

 さらにこの物語の冒頭で、彼女がクーデルスにかけた呪い……魔帝国領土に入ると死ぬという話は、全くのデタラメであった。

 とはいえ、呪い自体は本当にかけている。

 むしろ彼女が呪いをかけないわけがない。


「さて、我が愛しのクーデルスは今頃何をしているやら。

 きっちりと念入りに浮気封じの呪いをかけておいたから、よもや誰かと恋中になっているはずはないと思わぬが……」

 魔帝王が、その大きな胸を抱き上げるようにして切ない声を上げてたその頃……。



「ふぁ、ふぁ、ふぁくしゅん!

 うぅっ、誰か私のことを噂しているのですかねぇ?

 ダーテナさんかサナトリアさんあたりでしょうか」

 雪のちらつく森の街道を、クーデルスは頼りない足取りでひとり歩いていた。


「それにしても、酷い目にあいました。

 まさか、アデリアさんをあんなに怒らせていただなんて……私もまだまだ修行が足りません」

 そもそも根本的なところで方向性からして間違っているので、修行以前の問題であるのだが、指摘するような暇人は誰もいない。

 そしてたった一人、白い雪の上に足跡を残しながら、お花畑の魔王は雪に煙る遠い空を見上げてこう呟くのであった。


「さて、次はどこに行きましょう? 今度こそ、運命の女性に出会えるといいのですが」

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