90話
「ダンジョンですか」
アデリアからの思いもよらない質問に、クーデルスは眼鏡の向こうで何度か瞬きを繰り返した。
「現時点ではサービス運営中ですね。
知っての通り、ビールの実を中心に、安全な層で特殊な産物が取れるようにしてあります。
今では冒険者の方々のいい収入になっておりましてね。
彼らの元締めであるガンナードさんもニコニコしておりますよ」
村の警備と言う名目で連れてきた冒険者たちではあるが、クーデルスの作った防壁と女神モラルの加護により、その役目はすっかりなくなってしまっている。
王太子を匿うために作ったダンジョンは、そんな彼らに仕事を与える恰好の場所と成り果てていた。
「それが、どうかされましたか? 特に問題があるようにも思えませんが」
ダンジョンの全てはクーデルスによって管理されており、その調整はかなり上手くいっているはずである。
「何か見落として、不味いことにでもなっているのでしょうか?」
不可解な質問に首をかしげるクーデルスだが、アデリアは笑いながらその懸念を否定した。
「運営に問題があるというわけではありませんのよ。
あのダンジョン、しばらくイベントに使わせていただきたいと思いまして」
「イベントですか?
かまいませんが、なにやら面白そうですね」
そんな会話をしつつ笑みを深める二人だが、周囲の人間は首を横に振って必死で思いとどまるよう訴えかけている。
いや、思いっきり声も上げているのだが二人の耳には届いていないようだ。
「ええ。 せっかくですからお祭りをしませんこと?
色々と面倒があったせいで、収穫祭も出来ませんでしたし」
その時である。
何の前触れもなく役場のドアが開いた。
その向こうにたたずんでいたのは、桃色の脅威……。
「はい、みんなのアイドル、モラルちゃんです!
何かおもしろそうね!
村のイベントなら、守護神であるアタシもマ・ゼ・テ!」
その瞬間、ガンナードは最低限の荷物を掴んで逃げ出そうとし、サナトリアはその襟首を掴んで涙を流しつつ笑い転げた。
エルデルは何をどうしていいのかわからず呆然とし、村長は両手を合わせてなにやら祈りを捧げているが、残念だがその神が混乱の元凶である。
「あら、モラル様。 お久しゅうございます。
実はですね、この村にあるダンジョンの攻略をイベントにしようと思いまして」
「なーにー、一番早く攻略した人が優勝するみたいな感じ?」
よほど退屈していたに違いない。
この守護神、妙にノリノリである。
そしてそこにクーデルスが口を挟みはじめた。
「でも、それだけでは面白くありませんね。
アデリアさん、何を考えていらっしゃいますか?」
すると、アデリアは扇で口を隠しながら、ふふふと色っぽい笑みを浮かべつつおぞましい言葉を口にしたのである。
「ふふふ、せっかくだから女装した状態で攻略していただこうかと」
この発言をうけ、ガンナードの顎が外れ、その顔に深い影が落ちた。
なぜなら、それに参加する冒険者からの苦情は全部彼のところにくるからである。
「だったら、いいものがありますよ?」
「なんです、これ?」
「バビニクの果実です」
クーデルスが取り出したのは、ミカンほどの大きさの果物であった。
「なにそれ? アタシも聞いたこと無いんですけどー」
「これはですね、私が先日開発したすばらしい魔法植物でして寝。
食べると美少女になります。
原理については企業秘密なので追求しないでください」
原理よりも、いったい何のためにそんなものを作ったのかを問いただしたい一同であったが、クーデルスが答えるはずも無いので全員がスルーを決め込む。
「つまり……それを食べて美少女になった冒険者たちがダンジョンの早期攻略を目指して争うのですね……ぷぷっ」
「はしたないですよ、アデリアさん」
「うわー それ、アタシもみたーい!
じゃあ、アタシも協力して……ダンジョンの中を水鏡に映してみんなに見せてあげるっていうのは?」
「それでしたら、いっそ美少女コンテストも混ぜましょう!
ダンジョンの攻略には少なくとも数日はかかるようにして、定期的にダンジョンの中から現状のリポートを送ってもらうなんてどうでしょうか?」
「さすがクーデルス! 冴えてますわ!!」
雪だるま式に加速してゆく悪夢のイベントに、ガンナードとエルデルは青褪め、サナトリアは笑いが止まらない。
だが、そこでクーデルスが真顔になって問いかけた。
「それで? アデリアさんの本当の意図はなんですか」
彼女の返事を聞くために、周囲の喧騒が一瞬で鎮まる。
「サンクード様に、このように提案するためですわ」
すると、アデリアは柔らかい笑みを浮かべながら、こう語った。
「この
けれど、試練に失敗したならばキッパリ諦めてくださいと」
「アデリアさん、貴女は……本当に私の弟子らしくなってきましたね」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
クーデルスの言葉の意味を、最初は誰も理解できなかった。
しばらくしてガンナードが何か口に合わないものを食べたような顔になり、続いてサナトリアもまた似たような顔になる。
その後は誰も理解したものはいなかったようで、場の空気を読んだモラル神が最後にこう締めくくった。
「いずれにせよ、面白いことになりそうね。 期待しているわ」
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