第34話

「私は何もしらない! 本当だ!!」


 ユホリカ神殿に連行されたフェイフェイは、取調べにあたった神官たちに無実を訴えた。

 だが、神官たちは眉間に深い皺を寄せると、嫌味と悪意のこもった言葉で彼に尋ねる。


「ですが、あの巨大なタンポポの発生した場所は貴方の所有する敷地でしょ?

 あんなものが自然に生まれるはずが無い。 つまり、これは貴方の責任だ」


 本来ならば被害者として扱われてもおかしくないフェイフェイだが、今回の事件において彼以外に責任を追及できる人間がいなかったのが不幸であった。

 このどうしようもない事件に関する、唯一の生贄の羊スケープゴート

 人々の不満を一気に受けて袋叩きに遭う役目……それが彼の現在の立ち位置なのである。



「知らない! 前に管理していた奴が何かしかけておいたに違いない!!

 そいつを調べてください!!」

「いいわけですか? 見苦しいですよ、フェイフェイ氏」


 自分の状況を察したフェイフェイは、必死で反論を試みる。

 だが、ここは彼の無実を証明する場所ではなかった。

 いかにして、この責任をフェイフェイに押し付けるかという場面なのである。

 しかも、こんな時にこそ頼りになる貴族たちは、先日の茶の一件で関係が悪化していた。


「違う! 私ではない!! きっとあのクーデルスという男の仕業だ」


 口から泡を飛ばしながら叫ぶフェイフェイに、神官たちは哀れみとも侮蔑とも突かない視線を向ける。

 そもそもの話、国でも指折りの金持ちであるフェイフェイと、経歴のわからない不気味な大男……どちらが怪しいかといわれれば、それは後者だろう。

 だが……。


「その件についてなのですが……我等が主であるユホリカ様より、絶対に関わるなとお告げがありまして。

 かの存在については、神ご自身がお取調べになるとのことです」

「……はぁ?」


 神が、しかも中級神でも上位であるユホリカ神が直々に取り調べなくてはならない相手。

 それはいったいどんなバケモノなのだろうか?

 フェイフェイは、改めて敵に回してしまった男の不気味さに身震いするのであった。



 そしてその得たいのしれない男はといえば、アモエナと一緒に厩舎で暢気に馬のブラッシングをしていた。

 毛がツヤツヤになり、ミロンちゃんはご機嫌である。

 他の馬もクーデルスたちにブラッシングしてほしそうに覗き込んではいるものの、ミロンちゃんに睨まれるとすごすごと首を引っ込めた。

 彼はなかなかに独占欲が強いらしい。


 そんな長閑な光景に、突如として異物が入り込む。

 それは、ピンクの派手なドレスに身をつつんだ美少年であった。


「何てことをしでかしてくれたんですか、クーデルスさん!!」

「おや、ユホリカさん。 どうされました? あ、アモエナさんは私の後ろにいましょうねー。

 こわーい若作りがヒステリー起こしているので危ないですよー」


 怒りながら現れた中級神に、クーデルスはいつものようにすっとぼけた顔で首をかしげつつ、アモエナを背中にかばう。


「誰が怖い若作りですか!!

 私が尋ねたいのは、あの外の不気味なタンポポの事についてです!」

「あぁ、アレですか。 困ったものですねぇ」


 からかうように肩を竦めるクーデルスだが、ごまかしは許さないとばかりにユホリカ神は一歩前に出た。

 そして確認するかのように言葉を叩きつける。


「貴方の仕業ですね?」


 だが、クーデルスはその真剣な言葉と眼差しを鼻で笑い、馬鹿にするかのようにため息をついた。


「いいえ? 私は何もしてないですよ?」

「貴方以外に誰があんな事を出来るというんですか!」


 直接の付き合いこそほとんど無いが、クーデルスが過去に何をしてきたかについてはユホリカも熟知している。

 その中には、今回の事件が笑い話になるぐらい陰惨で壮絶なものも含まれていた。


 敵対しない限り温厚ではあるものの、クーデルスは間違いなく魔王なのだ。

 それも、かなり厄介な部類に入る。

 すくなくとも、先代の魔帝王を倒した勇者が決して彼にだけは敵対行動を取らなかったぐらいには。


「さぁ? それこそ精霊あがりの大地の神々ならできると思いますよ。

 それとも、この私がそんなつまらない嘘をつくとでも?」

「い、いえ……嘘をついていないのはわかります。 それが私の権能ですから」


 嘲笑うクーデルスに、ユホリカは歯噛みする。

 裁定神である彼に嘘は通じないが、嘘をつかずに真実を隠し通すことが出来る事も知っているからだ。

 そして、この魔王にはそれを成し遂げるだけの知恵がある。


 絶対に何か関わっているのは間違いない。

 だが、その確証をこの魔王から得るのは至極困難なことに思えた。


 しかし、そこに思わぬ助け舟が現れる。

 アモエナだ。


「え、えーとクーデルスに質問」

「何でしょう、アモエナさん」


 ユホリカ神に向けていた危険な道化師の仮面は一瞬で消え去り、クーデルスは優しい声でアモエナの声に耳を傾けた。


「あの黒いタンポポ、なに?」


 その瞬間、ユホリカ神は感謝の視線をアモエナに向けた。

 敵対する者に対してはほぼ無敵のクーデルスだが、一度自分の身内として受け入れた相手にはかなり甘いことを聞いていたからである。


 そして身内に甘すぎる魔王……クーデルスは嬉々として自らの知識をひけらかした。


「あぁ、あれですか。 アレは嘲笑う小悪魔ラフティ・インプといいましてね。

 私の植えておいたタンポポが変質したものですよ」


 その瞬間、ユホリカ神が吼えた。


「やっぱり貴方の仕業じゃないですかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「人聞きの悪いことを言わないでくださいユホリカさん。

 あれは、私から土地を取り上げた人が、タンポポの管理を怠ったから発生したことです」


 嘘の種明かしをしながら、クーデルスはツーンと唇を尖らせて横を向く。

 すると、すかさずアモエナがしばらく黙っていてとユホリカ神に視線を送り、そしてわざと作った愛らしい声でクーデルスにたずねた。


「もう少し説明してもらっていい?」

「よろしいですとも。

 まず、私が植えた活力のタンポポですが、その活力の魔法の源は何だと思いますか?」


 そういわれれば、あのタンポポの存在は不自然である。

 生命エネルギーというものは本来溜め込むべきものであり、それをわざわざ外に放出するなど命ある者としてありえない。 なぜそんな事をするのか、意味がわからないのである。

 そもそも、自然界に自己犠牲の精神と言うものは存在しないのだ。


「あ、考えた事もなかった」

「ふふふ、良いでしょう。

 あのタンポポは私の魔力を吸い、扱いきれない余剰エネルギーを周囲に発散しているのです。

 溜め込めば強すぎる魔力を制御できず、自分の生命エネルギーのバランスが狂ってしまいますからね。

 それによって、周囲の植物の育成を助けるのが本来の使い道なのですよ」


 つまり、あれはクーデルスが植物園を作り出すために生み出した管理ツールの一つなのである。

 他人の疲労感を癒すのは、ただのおまけに過ぎないのだ。


「ですが、私からの魔力の供給がなくなるとどうなるでしょうか?

 生命エネルギーの源を失ったタンポポは、大地の地脈に手を出してこれを吸い尽くしてしまい、周囲を荒地へと変えてしまいます。

 そのままでは活力のタンポポ自身も生きてゆく事ができなくなり、すぐに枯れてしまうのですが……」


 この時点ですでに洒落にならない単語が混じっているのだが、どうやらそれで終わりでは無いらしい。

 クーデルスは笑いながらその最悪な結論を口にした。


「その際に、高い確率で変異した種をばら撒き、その種から嘲笑う小悪魔ラフティ・インプと呼ばれる悪質な植物が生えるのです。

 嘲笑う小悪魔ラフティ・インプは自らの魔術で生み出した白い霧を媒介にし、周囲に目のかゆみやクシャミや鼻水といった様々な苦痛を与え、その苦痛によって外に漏れ出す生命エネルギーを吸って生きる植物なのですよ」


 いうなれば、その植物が生えている周囲では一年中花粉症が発生するということである。

 あまりにものおぞましさに、アモエナとユホリカ神は声をなくしていた。


「もっとも、そんな事をわざわざ事前に、この私がフェイフェイさんに教えてあげなきゃならない理由も無いですよね?」

 ニッコリと笑いながら語るクーデルスの顔は、まさに魔族。

 穏やかで優しげではありながらも、恐ろしく冷酷であった。

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