第35話
「心配しなくとも、この騒ぎは長くは続きませんよ。
最初から手はずは整っているのです」
――だから、心配する事は何もありません。
青褪めたユホリカ神とアモエナをなだめるように、クーデルスはそんな言葉を口にした。
「どういうことですか?」
言われた言葉を信じがたいのだろう。
疑問を口にしたユホリカ神だが、クーデルスはゆっくりとした口調でこんなことを語り始めた。
「自然界に生きる動植物には、たいてい天敵と言うものが存在しておりましてね。
というより、最初からそうなるよう私が定めました」
「そ、それはいったい……」
おそらく、その天敵をつかえばこの街に蔓延る
だが、白い闇に隠れて繁茂し続ける悪魔のような植物を食い尽くすような生き物などいるのだろうか?
「知りたいですか? ですが、代償もなしにそれをたずねるのは感心できませんね」
「何が望みですか」
強張った顔を見せるユホリカに、クーデルスはクスクスと笑いながら厩舎の策に腰をかけた。
そして、気味が悪いほど優しい声で告げたのである。
「そんな顔しなくとも、悪い話ではありませんよ。
フェイフェイさんとの遊びの決着を、この街らしいやり方でつけたいと思っているだけです」
だが、その言葉にユホリカはさらに困惑する。
――意味がわからない。
「クーデルス、その言い方はすこし意地悪じゃない?」
「アモエナさんは優しいですねぇ」
見かねたアモエナが思わず口を挟むと、クーデルスはその大きな手で彼女の頭を撫でようと手を伸ばした。
アモエナはそれを子ども扱いと思ったのか、ムッとした顔で払いのける。
「やれやれ、子供の扱いは難しいです」
「子供じゃないもん」
むくれるアモエナに、やれやれといわんばかりの調子で肩を竦めると、クーデルスはおもむろにこんな言葉を告げた。
「ユホリカさん、裁判はお好きですよね? なにせ、それがご専門ですし」
その瞬間、ユホリカはようやくクーデルスが何をしたいのかを察して目を見開く。
「もしかして、訴訟を起こす気ですか!?」
確かにそれはこの街らしい決着のつけ方だ。
しかし、人の法にも神の法にも属さないこの南の魔王を、どうすれば法で裁くことが出来るというのだろうか?
「そうです。 裁定神である貴方の街の問題ですからね。
貴方が裁判長となって、裁判で決着をつけるのが一番良い……とは思いませんか?」
「さ、裁判は遊びではありません! 法を侮辱する事は許しませんよ!!」
ユホリカが叫んだのも無理は無いだろう。
そもそもクーデルスには誰がどんな判決を下そうとも従う義理が無いのだ。
そんな相手が訴訟を起こすなど、最初から茶番でしかない。
「遊びですよ。 私にとっては。
貴方にとってどういうものかはわかりませんが、私にとってはどうでもよろしいのです。
それとも、別の方向での決着をお望みですか?
まさか、私が何者かを知らないとは言わないですよね」
魔族の王家と竜族の王家の血を引くクーデルスが一言不満を口にすれば、本人が何もしなくともその配下である魔族や竜族が黙ってはいないのだ。
特に地竜王の眷属たちが押し寄せてきたならば、この国は確実に地図から消えてしまうことだろう。
「……ずるい。 ひどい」
「優しいの間違いでしょう?
私がそのつもりなら、そちらの流儀に従う必要も、人的被害に配慮する必要もありません。
どういう意味か、もちろんわかってますよね?」
確かに、その地位と権力からすれば優しいといっても差し支えは無い。
だが、それでもほとんどの者は釈然としない何かを感じることだろう。
「あ、悪魔」
思わずユホリカの口から飛び出した言葉に、クーデルスは唇の端を片方だけ吊り上げた。
「こんなに誠実で優しくて愛に満ち溢れた私になんてことを言うのですか」
ただし、お世辞にも平等では無いし、味方にすれば頼もしいが手段を選ばず、敵に回せば予想外の事を次々に仕掛けてくる。
愛情や優しさについても完全に否定できない分、実に厄介な悪魔であった。
「では、ユホリカさん。
召喚状の手配はお願いしましたよ?」
「……たかが人間相手に、なんて大人気ない」
にっこりと微笑むクーデルスだが、ユホリカの口から思わずそんな本音が漏れる。
それも無理は無い。
何をどうやろうとも、南の魔王であるクーデルスとたかが人間の商人とでは、色んな意味で勝負にも喧嘩にもならないのだ。
今からでもクーデルスがその地位と能力を公表すれば、フェイフェイも即座に尻尾を巻いて逃げるか謝罪をするだろう。
すくなくとも、最初から公にしておけば御伽噺に登場するような大魔王に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしなかったはずだ。
だが、わざとそんな方法は選択しない。
つまり、弄んでなぶり殺しにするつもりなのだ。
ユホリカから見れば、いい大人がトンボを捕まえて翅をむしりとって遊んでいるようにしか見えないだろう。
まさに大人気ないといわれても仕方の無い所業であった。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいませんか?
それに、これは貴方にとってもいい機会でしょう。
貴方の膝元も色々と問題を抱えているとみましたが、その問題を解決するためのきっかけになりませんか?」
「あ、貴方に心配される謂れはありませんっ!」
顔を真っ赤にしながら怒鳴り返すユホリカ神だが、クーデルスは何を思ったのか黙って指を一つならす。
すると、どこからともなくネズミたちがいくつもの書類を運びこんできた。
そして、その書類の山をユホリカ神の前に積み上げる。
「いえいえ、心配ですよ。
まだしばらく私と私の可愛い子たちが滞在する予定の場所なので。
なので、私がすっきりと掃除して差し上げましょうね。
ほら、私は優しくて綺麗好きだから」
ユホリカ神はクーデルスの戯言を無視するために黙って目の前の書類を手に取ると、その内容に目を通して体をワナワナと震わせた。
「この悪魔……断っても止めるつもりはないのですね。
たしかにこれは貴方の善意かもしれない。
ですが、このやり方は性急すぎて大きな痛みを伴う!」
目に怒りを湛えて叫ぶユホリカだが、クーデルスはわが意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。
そして、子供を諭すように緩やかで優しい言葉で自らの愛を語り始めた。
「時には痛みが必要とされる愛もあるのですよ?
痛みを避け続けて人々の怠慢を許した貴方には理解しづらいかもしれませんが。
だから、私がやってさしあげるのです。
これは愛ですよねぇ。
それに、もう動き始めちゃってますから、止めるのは難しいですよ?」
少なくとも、今のように姿も見せずただ人の善意に任せていては、クーデルスの思惑を止める事はできないだろう。
かわらなければならない。
神も、人も。
そう結論を出すと、ユホリカ神はゆっくりと息を吐き出してから告げた。
「わかりました。 ならば、私も覚悟を決めましょう。
どうせ避けられないことならば、最大限に利用して差し上げます」
胃に穴が開き始めていそうな声で告げられたその答えを聞き届け、クーデルスは満足そうに笑った。
「いいお覚悟です。 さすがこの街の守護神。
私も出来るだけ貴方の心が痛まない方向でこの遊戯の結末の調整を図るとしましょう」
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