第33話
「キタァァァァッ! キタァァァァッ!
キマシタワァァァァァァァァァ!!
アヘッ、ウホホッ、モヘヘッ、アキョッ!?
ロ゛ー、ロ゛ー、ブポポポポポ……キテマス、キテマス」
いったい何の音かと思うだろうが、執筆中のカッファーナである。
どうやら、昨日のクーデルスの茶葉販売詐欺の話で何かに火がついたらしく、夜通しずっとこの有様だ。
そして今日の彼女はなぜか両手にペンを持ち、踊りながら文字を書きなぐっている。
これでいて、出来上がる文章は筆致も美しいのだから、クーデルスの交渉並みに詐欺のような話だ。
なお、その横ではドルチェスがうっとりとした顔で座り込み、なぜかカッファーナの奇声にあわせて小さな太鼓でリズムを刻んでいた。
どうやらカッファーナの奇声のリズムが心地よいらしい。
やはりこいつも狂気の向こう側の住人だったようである。
そんなわけで、クーデルスたちの泊まっている部屋の中は、もはやなにか怪しい儀式の会場にしか見えない有様だった。
今にも邪神が降りてきそうな気配にアモエナは布団を被ってガタガタと震え、クーデルスは……ぼーっとした顔でひとり茶をすすっている。
だが、その脳みその中では、今も邪神がドン引きしそうな平和論が渦巻いていた。
そう、いつもどおりのクーデルスである。
そんな彼が、ふと窓の外に目をやって、こう呟いた。
「おや、もうこんな時期ですか。
そろそろフェイフェイさんとの次の遊びに備えましょう。
いやぁ、久しぶりの騙しあいは楽しいですねぇ」
恐ろしいことに、あの極悪な詐欺は遊びのつもりだったらしい。
本人からすると、別に殴るわけでも殺すわけでもないから、暴力ではないという理屈である。
育ての親である先代魔帝王が、どう教育を間違ったかがよくわかる話だ。
「ね、ねぇ……クーデルス。 また何かするの?」
「そうですよ、アモエナさん。
私は前に言ったはずですよね?
特にこの街に害を与えるつもりはありませんが、それは食い扶持を稼ぐのを邪魔しないかぎりの話である……と」
つまり、食い扶持を稼ぐのを邪魔してきたら、容赦なく危害を与えてかまわないというつもりらしい。
それが途中から自分から誘い込んだことであったとしても……だ。
クーデルスの性格からして積極的に危害を振りまくつもりは無いだろうが、目的のためならどんな被害を撒き散らそうとも気にする事はないだろう。
「そろそろ、次の仕掛けが動き始める頃ですからね」
そう呟くクーデルスの視線の先を、白いタンポポの綿毛が横切った。
それが後に、白と黒の悪夢と呼ばれる災厄の始まりだったのである。
翌日、リンデルクの街は真っ白な
「いったい、これは何だっていうんだ!」
大通りの真ん中で、誰かが怒りをこめて叫んだ。
続いて、まるでその声に返事を返すように、激しい咳とクシャミの音が響き渡る。
いや、クシャミだけではない。
目の痛み、全身を襲う微熱、そして倦怠感。
この街の住人のほとんどが、その日の朝から謎の体調不良を訴えていた。
しかも、同じ朝に発生した謎の靄。
まるで濃霧のように濃く、数メートル先がやっと確認できる程度の視界しか無い。
異常だ。
明らかな異常である。
そしてこの異常が始まるほんの少し前に、妙なものが現れていた。
黒いタンポポである。
葉や茎はおろか、花びらまでもが真っ黒な、まるで影の世界から現れたかのような、不気味なタンポポだ。
よく見ると、その黒いタンポポの花から白い煙が上がっており、人々はこの黒いタンポポがこの濃い靄と体調不良の原因ではないかと疑いをかけた。
そしてこのタンポポが無くなれば、この異変も収まるのではないかと考えたのである。
だが、このひどい
そんなわけで、街の平和を預かる自警団の男たちがどうしたものかと頭を悩ませていたその時である。
彼らの元に、更なる知らせが舞い込んだ。
「なにぃ? フードコートの敷地に巨大なタンポポが現れたぁ!?」
「本当なんですよぉ! この酷い靄のせいで良く見えませんが、あのシルエットはでっかいタンポポなんです!
信じてくださいよ! 現場は大変な騒ぎなんですぅ!!」
しかも、このタンポポは有害な物質を撒き散らしているらしく、近くを通りかかった通行人が次々に倒れたらしい。
毒か、病か、いずれにせよこれは由々しき事態である。
「しょうがない。 とりあえず確認だけはするか。
何人かついてきてくれ。 あと、倒れている者がいるかも知れないから、治癒魔術を使える奴を呼んできてくれないか?」
自警団の隊長がそう告げると、団員たちはあわただしく調査にのりだした。
そして彼らが見たものは……。
「うわぁ、本当にタンポポだ……」
「と言うより、大きさがおかしすぎるだろ」
目の前に屹立しているのは、三階建ての建物の屋根にも届こうかと言う大きさのタンポポである。
しかも、こいつも色が黒い。
そして、花の部分からものすごい勢いで白い煙を吐き出していた。
おそらくこの街を覆っている靄のかなりの割合がこのバケモノの仕業だろう。
「幸いなことに、あたりには建物や住居が無い。 遠距離から焼き払え」
「了解です!」
隊長の指示に従い、自警団員が火矢を用意する。
そして作業を行いながら、自警団員たちはホッと胸をなでおろしていた。
あの巨大なタンポポに近づくたびに、妙なダルさを覚えはじめていたからだ。
まるで呪いを受けているかのようで気味が悪い。
あんな妙なものには、誰だって近づきたくはなかった。
「構え――撃てぇぇっ!!」
隊長の号令に従い、白い闇の中をオレンジの光が飛ぶ。
だが、次の瞬間だった。
「うっ……眩暈が!?」
「体が……重い……力が抜ける……」
呻き声とともに、何人もの自警団員がその場に倒れた。
そうでない団員もつらそうに顔をゆがめ、膝を突いている者も少なくは無い。
「てっ、撤収!! 余裕のある奴は、被害者を抱えて撤収しろ!!」
あわてて隊長が出した指示に従い、自警団たちはヨロヨロとその場を後にした。
この光景は何人もの市民が目撃することとなり、民衆の不安を駆り立てたのは言うまでも無い。
そして事態の報告を受けた上層部は、問題の解決のため……というより、事件の責任を押し付けるために、フードコートの所有者を呼び出すことにしたのである。
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