64話
「しゃらくせぇぇぇぇぇぇ!!」
後を追いかけていた連中がようやく追いつくと、サナトリアはすでに暴れていた。
広い回廊の向こうから押し寄せる緑のゴリラに襲い掛かり、剣を振り回して敵を好き放題に切り刻んでいる。
その勢いは圧倒的で、クーデルスの懸念など何かの勘違いではないかと思わざるを得ない。
切り刻まれた敵の残骸だろうか、周囲には黄色い体液らしきものが散乱し、植物特有の青臭い匂いが漂っていた。
「うははははは! 絶好調だぜぇ!!」
「おい、こら、サナトリア! 一人だけ楽しんでいるんじゃない!!」
楽しげに雄たけびを上げるサナトリアへと、エルデルが文句をつける。
サナトリアの身を案じていたものからすると、一言や二言ぐらいは言いたくなるのも無理は無い。
「悪いな、エルデル! お前の出る幕は無ぇ!!」
そう告げながら、彼がスイカ農民の首を刎ね飛ばしたその瞬間だった。
足元に異常を感じ、ふとサナトリアは視線を下にやる。
すると、切り飛ばされたスイカ農民の片腕が、しっかりと彼の足を握り締めているではないか。
「あン……? こいつ、まだ生きて!? くそっ、離せ!!」
剣で突き刺しても、蹴り飛ばしても、サナトリアの足を掴んだ腕はビクともしない。
それどころか、そのゴリラのような握力で彼の足を握りつぶそうと力を加える。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
サナトリアの悲鳴に混じり、ゴキリと鈍い音が響く。
だが、悲劇はそこで終わらない。
同時に、首を失ったスイカ農民が、その拳を振り上げる。
「不味い! 逃げろ!!」
ガンナードの警告が飛び、サナトリアが振り返って目を見開いた。
だが、時すでに遅し。
スローモーションのような緩やかな世界の中で、スイカ農民の拳がサナトリアの腹に突き刺さった。
「ぐおぁぁぁぁぁぁぁ!!」
肋骨のひしゃげる音と共に派手に飛ばされたサナトリアは、二度ほどバウンドしてから壁にぶつかり、動かなくなる。
「サナトリア!」
「おい、しっかりしろ!!」
あわててガンナードとエルデルが駆け寄るが、その瞬間、サナトリアの体がビクンと跳ね起きる。
「うるせぇ、喚くな! 触んな!!」
そして乱暴な言葉と共に、サナトリアはさし伸ばされた手を強引に振り払った。
「……クソが。 完全に油断してたわ」
まるで呪いをかけるかのように低い声で吐き捨てると、サナトリアはゆっくりと体を起こす。
そしてペッと口から血を吐き出すと、腰に下げたサイドポーチに手を突っ込み、それから噛み締めるようにゆっくりと、呪文の詠唱を始めた。
「永遠の命の象徴たる不死鳥の羽
棘草の薫香に導かれ
火の星の祝福と共に目を覚ませ
偉大にして不壊なるその力
盟約に基づき肉体を支え癒す力とならん……
呪文の詠唱が終わると同時に、サイドポーチから薄い煙が立ち上る。
そして煙の中から真っ赤な光で出来た羽のようなものがサナトリアの全身に降り注ぎ、その傷をみるみる癒していった。
「うへぇ、ものすごく予想外だ」
様子を見守っていたダーテンからそんな台詞がこぼれるのも無理は無い。
サナトリアが使ったのは、あらかじめ祝福された触媒を使うことですぐれた治癒をもたらす、火属性の高度な回復魔術である。
少なくとも、聖騎士や本職の神官でもなければ起動できないような代物だ。
そしてすっかり自らの傷を癒し終わると、サナトリアはつま先で地面を踏みにじるように足を動かし、骨折から回復したばかりの足首の調子を確かめながら呟いた。
「要するにだ……クーデルスの奴は知っていやがったんだ。
こいつらが首を刎ねた程度じゃ死にもしないし、動きすらとめないような、出鱈目な生命力を持つ生き物だって事をな!」
静かだが、聞くものが噴火の前触れを思い浮かべるような声であった。
その押し殺した怒りに、ダーテンは自分の役目がなくなったことを悟る。
「もったいぶりやがって」
その言葉を向けたのは、情報を小出しにしたクーデルスか、それとも楽しむことを優先して全力を出さなかった自分に対してだろうか。
まるで彼の怒りがにじみ出てきたかのように、赤い陽炎のような何かがサナトリアの指先から滲み、握り締めた柄を伝って刃物を覆う。
「……呪ってやる」
その呟きが漏れた瞬間、ガンナードとエルデルの全身の毛が逆立った。
「やべぇ! サナトの奴、ガチでキレやがった!?」
「全員下がれ! 巻き込まれるぞ!!」
二人に腕を引かれるようにして距離をとりながら、ダーテンがボソリと呟く。
「うわぁ、えげつねぇな。 人間ってマジおっかねーわ」
そんな緊迫した状況の中、サナトリアが高らかに笑い出した。
「はははっ、ははははははは! 最初から遠慮なんかせずにもっと派手に暴れてやればよかったぜ!!」
吐き捨てるような言葉と共に、サナトリアのショートソードがスイカ農民を切り裂いた。
今までよりはるかに早い動きで、である。
さらに、斬られた部分には赤いオーラが付着し、それがまるで侵食するように相手の体全体に広がっていった。
そして、致命傷でもないのに傷ついたスイカ農民がガクリと膝をつく。
よく見れば、その全身に赤い斑点が広がっていた。
「お前等、全員まとめて呪ってやるよ。 熱病の中で苦しみ喘ぐがいい!!」
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