65話

 サナトリアの負傷でどうなるかと思われた事態だが、再び様相は彼の独壇場になり始めた。

 いや、むしろ彼以外が入り込めない戦場になったというべきか。


 少し離れたところで戦っていたクーデルスの私兵であるスイカの兵士やメイドたちも、サナトリアの様子から危険を感じ取って距離をとりはじめている。


 そして戦闘区域から完全に味方がいなくなったのを見計らって、サナトリアの体から放出された赤い陽炎は一気に戦場を覆いつくした。

 生理的に嫌悪感を憶える赤い光は、一瞬ですべてを浸食し、その中にいたスイカ農民たちは一瞬で萎れるように膝をつく。


 よく見れば、彼らの全身には赤い斑点がビッシリと浮き上がっていた。

 集合体恐怖症トライポフォビアの人間ならば、おぞましさのあまりその場で吐いてしまうに違いない。

 文字通り、呪われたとしか思えない有様だ。


「へぇ……人間なら熱病でのたうちまわるところだが、お前らは体が萎れるだけなのか。 面白れぇ!!」

 悪鬼の形相で笑いながらサナトリアがショートソードを振るうと、スイカ農民は避ける真似すら出来ずに全身をバラバラに切り刻まれる。

 それはもはや、戦いにすらなっていなかった。


「うへぇ……なんだありゃ。 ほとんど邪神の化身じゃねーの」

「あながち間違いでは無いな」

 ダーテンの呟きに、ガンナードが押し殺した声で同意する。


「一部の冒険者界隈では有名な話だが……あいつの母親は病の邪神の大司祭でな」

 横ではエルデルが、話していいのかと心配げな顔をしているが、ガンナードは肩をすくめた。

 どうやら、下手に隠して嗅ぎまわられるよりも、正確な情報を与えたほうがマシだと判断したたようである。


「父親もまた同じ神の司祭で、何を考えたのか……その二人が邪神の一部を体におろしたまま交わって生まれたのがサナトリアだ」

 なお、病の邪神の信仰は違法では無い。

 邪神を慰め病を統治することでその災いを抑えるものであるからだ。

 だが、その邪神の一部を帯びたまま神の力を持った生命を受肉させるなど、あきらかに邪法であり、分を超えた狂気の沙汰である。


「うわっ、なにソレ。 設定重すぎっしょ。

 つーか、なに馬鹿なことしてんの? 少なくともアレの力の源って、第6階か第5級の邪神っぽいんですけど?」

 第6階か第5級といえば、それは都市を一つ守護するほどの神格である。

 よほどの事が無い限り、人間など相手にしない存在だ。


「そんな人類の手に負えない代物の欠片を手に入れて、その親共は何をしようと考えたんだか」

「病の神の子を生み出すことで病を制御し、この世界で病に苦しむ人間をより少なくするつもり……だったそうだ。

 もちろん、発覚してすぐに異端審問にかけられて、文字通り神の元に召されたよ」

 ガンナードの答えに、ダーテンは眉間に皺を寄せた。 彼らの考えが、サッパリ理解できないようである。

 どうやら、今まで善意の恐ろしさと言うものに触れる機会がなかったらしい。


「だがな、事件が発覚した時、すでに奴は生まれた後だったんだ。

 恐ろしい存在だからって、もはや殺す事もできない。 いやと言うほど神の寵愛を帯びていたからな。

 そんな事をすれば、確実に神罰が下るだろう」

 それもただの神罰ではなく、国の一つぐらいは滅びるほどの祟りだ。

 中級神の怒りとは、それほどに恐ろしいものなのである。


 そして、ガンナードの台詞の後で、エルデルがボソリと呟いた。


「けど、そうやって生み出された子供は不幸だよな。 しかも、名前が健やかなる者サナトリアとはどんな皮肉だか」

「奴は生まれる前から病の邪神に捧げられ、熱病を中心に病を自在に操る力を得て、その代償として嗅覚が生まれつき無い。

 けどな……」

 ガンナードは言葉を止め、スイカ農民を全滅させて勝鬨を上げるサナトリアに目をやる。


「本人は意外と楽しくやってるぜ」

「たしかにそのようだ」

 ガンナードの視線を追い、ダーテンは思わず苦笑いをこぼした。


「おらぉ、もう終わりか!? 勝手にくたばってんじゃねぇぞ、お前等!!」

 全ての敵を倒しおわり、威勢のいい言葉を吐き散らす彼の姿は、本当に楽しそうである。

 いや、その生まれが忌むべきものであるからこそ、彼は快楽主義に走っているのかもしれない。


「あぁ? なんだお前等。

 横でこそこそと、俺の昔話か?」

「うるせぇ、ニンジンサナトリア野郎。 病魔の気配を纏わせたままこっちくんな」

 スイカ農民に対する興味を失ったサナトリアは、赤い光を纏ったままこちらにやってくる。

 病の呪いを喰らってはたまらないのか、エルデルが怒鳴りながら一歩後ろに下がった。


「お疲れさん。 後は任せてくれていいっすよー。

 その体、そろそろ限界っしょ。 人間が扱うには、ちょいと負担が強すぎる」

 まるで血に飢えた悪鬼のごとき目をしたサナトリアに、ダーテンがやけに軽い調子で声をかける。

 すると、サナトリアはフゥと大きく息を吐いた。

 その瞬間、彼の体を覆っていた赤い光が掻き消える。


「まぁ……な。

 じゃあ、後始末は任せ……た。 俺は……ちょいと寝るから……」

 そのまま目を閉じて、眠るように倒れたサナトリアの体を、ガンナードとエルデルが抱きとめた。


 そんな様子を眺めつつ、ダーテンは誰にも聞こえない心の中で一人呟く。

 ――さぁて、久しぶりに神様らしい仕事でもするかね。


 ダーテンはその手に清らかな光を集めると、呪詛に汚染された場所を清め始める。

 その光に照らされながら、邪神の御子はしばしの休息に入るのであった。

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