66話

「ダーテンさん、サナトリアさんの様子はどうです?」

 倒れたサナトリアを寝室に送り届けると、部屋から出てきたダーテンは軽く肩をすくめた。


「あー、ありゃしばらくダメだわ兄貴。

 命に別状はないけど、しばらく使い物になんねーと思ったほうがいい。

 治癒の得意なモラルのねーさんなら別かもしれねぇけど、俺がつきっきりで看病しても三日は起き上がれねぇんじゃないかな?」


 戦いの神だけあって、ダーテンには戦いで負傷した者を癒す力も備わっている。

 特に打撲や切り傷といった外傷の治療はお手のものだ。

 ただ、病関係に関してはあまり得意では無いらしい。


「では仕方がありませんね。 今回の作戦はサナトリアさん抜きでやりましょう」

 第二級の闘神であるダーテンが無理だというのなら、クーデルスも手を出す気はない。

 無茶をすれば戦場に借り出す事も可能だが、人としての原型をとどめなくてもかまわないならと言う但し書きがつくからである。


「作戦か……それなんだが、まず目的を決めようじゃないか」

「依存はありませんね」

 ガンナードの言葉に、クーデルスは小さく頷く。

 そしてこの地の所有者である彼の同意を確認すると、ガンナードはこう切り出した。


「では、まず第一の目的だが、王太子の確保とさせてもらいたい。

 悪いが、この国の住人である以上、それだけは譲れない」

 おそらく王太子自身に対しては何の忠誠心もないのだろうが、それでも愛国心ゆえに無視する事はできないらしい。


「まぁ、別にかまいませんよ。 アデリアさんもそれでよろしいですか?」

 クーデルスが話を振ると、アデリアはきょとんとした顔でクーデルスを見返し、そして自分に集まる視線に気づいた。


「え? わたくし? ……ごめんなさい、少し考え事をしていたわ」

「おいおい、お姫さん。 どうかしたんじゃないのか?」

 いつもならば、一番周囲の言葉に気を配っているはずのアデリアが、人の話も聞かずに上の空とは、実に珍しい。

 何かあったんじゃないかと周囲が勘ぐるのも無理は無かった。


「今回の作戦の第一目標を、王太子の奪還にするという話ですよ」

「そ、そうでしたの。 ええ、もちろんわたくしも異存ございませんわ」

 と返事は返すものの、アデリアの言葉はやはり歯切れが悪い。

 なんでもないはずはないのだが、その理由を彼女が口にする事は無いだろう……プライドが高い彼女のことだから、人に弱みなど知られたくないに決まっている。


 周囲の人間が対処に困ってクーデルスに目を向けると、彼は首を小さく横にふった。

 かまわず先に進んだ方がいいという意味だろう。

 ガンナードはため息を一つ飲み込むと、次の話題に進むことにした。


「では、第二の目標だが、当初の目的どおり反乱したスイカ農民の制圧だ。 一株たりとも残すわけにはゆかない」

「異論は無いな。 あんな厄介でしぶとい生き物、一匹たりとも残すわけにはゆかない」


 なにせ、体をバラバラにしても生きており、個々に活動するほどの生命力である。

 葉っぱ一枚あれば、そこから根を出して再生しかねない。

 やるならば、根っこ一本残さず始末する方法が必要であった。


「そうなると、サナトリアが抜けたのは痛かったな。

 アイツの切り札があれば、敵の全身を等しく病で侵食し、再生能力を打ち消す事もできただろうに」

 しかも病魔の呪いは、接触したものに伝染する。

 凄まじい再生能力と分離した器官が独自に活動できる能力を持つスイカ農民を退治するのに、これほど適した力もそうそうあるまい。


 だが、今のサナトリアに無理をさせれば、後遺症が残るようなダメージを受ける可能性も高かった。

 はたして、どうしたものか……。


 ガンナードが考え込んでいると、コホンとクーデルスが咳払いをした。

「その点についてですが、こちらで対抗方法を考えてあります」

「ほう? どんな方法だ?」

 そもそもクーデルスは他人の助けもなしにこのスイカ農民の反乱を鎮圧する予定だったのである。

 確かに何かの対抗策を持っていてもおかしくは無かった。


 ガンナードが話しを促すと、彼は懐からくすんだ紫色をした液体の入った瓶を取り出し、それをテーブルの上に置く。

 見るからに怪しげな液体だ。 目にしただけで本能的に寒気がするような紫色である。

 紫檀で出来たテーブルの中央でガラスの瓶がコンっと音をたて、その音がやけに大きく響いた。


「農薬ですよ。 植物は根っこから水分を吸収するからだの構造を持っていますが、実はそこに液体があると自動的に吸い込んでしまうという弱点にも繋がるのです」

「……で、やつらの体に毒が回ったところを殲滅か。 効果的だが、ずいぶんとエグい方法だな」

 毒殺と言うのは、控えめに言ってこの世界ではあまり褒められた戦い方ではない。

 そんなものを使うのは、暗殺者ぐらいのものだろう。

 ガンナードが顔をしかめると、クーデルスは意外なものを見たとばかりに首をかしげた。


「何をおっしゃるんです。 貴方たちは雑草を駆除するのに農薬の使用を躊躇いますか?」

 そもそも、毒は悪いのに、サナトリアの使う病魔の呪いは良いのか? ……といいたいが、どうやらそこには何かの違いがあるらしい。

 クーデルスにはその違いがさっぱりわからないが。


「雑草ねぇ……さすがにそこまで割り切るのはちょいと難しいかな。

 確かにあれは植物かもしれないが、哺乳類の形をして、哺乳類のように動き回る。

 それを毒をもって殺す? 確かに効率的かもしれないが、何かの悪い冗談にしか聞こえない。

 我々は暗殺者でも狩人でもない。 冒険者なのだ。

 しかも、手段を選ばない下っ端ではなく、一流の……だ」

 嫌悪感を抑えて何とか苦笑いを浮かべるガンナードだが、クーデルスはさらに困惑する。


「割り切る……ですか。 なぜそんな事をする必要なのかが、正直言ってわかりません。

 味方を誰も傷つけずに済ますには、これが一番だと思うんですけどねぇ」

 そう呟く姿は、清らかといえるほどに純粋で慈悲深く、かつ恐ろしいほどに異質。

 彼の顔には仲間を思いやる愛があったが、その愛の形には正直言って寒気を覚えずにはいられない。


 だが、それは別にクーデルスが悪いわけではなかった。

 ただ、それが彼にとってはあまりにも普通の事で、そして彼の心は明らかに人ではない……それだけの事である。

 倫理の異なる存在からの愛情、だがそれを悪魔的な愛情と決め付けて侮蔑する事など、この場にいる面子に出来るはずもない。


「悪いが、それは最終手段にとっておいてくれ。

 まずは、我々の力でできるだけの事をやってみたい」

 仲間の未来に降りかかる火の粉を案じて心を痛めるクーデルスに対し、ガンナードはそう告げるのが精一杯であった。

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