67話
「さて、この作戦に関する最大の問題は……数の差だな。
クーデルス。 向こうの正確な数はわかるか?」
ガンナードからそう水を向けられると、クーデルスはすぐには応えず、顎に手を当ててしばし考え込んだ。
「残念ですが、正確な数はわかりません。
向こうが勝手に繁殖している可能性が高いのでなんとも言いがたいのですが、少なくとも600以上はいるでしょう。
目的が王太子の奪還であるというなら、あなた方の人数では少々難しいといわざるを得ません」
その言葉に、ガンナードも頷いた。
もしも敵が数にものをいわせてこちらの戦略を撹乱してきたら、王太子の所在を確認する事が難しくなり、おそらく対応するのは不可能である。
そして、相手はそのような戦術を可能とするだけの数と知能を持っているのだ。
しかし、そこに割り込んでくる者がいた。
エルデルである。
「ただし、まともな方法ならば……だろ? ここに腕のいいスカウトがいるのを忘れてくれるなよ」
そう、敵が数と言う暴力に訴えるならば、こちらは奇策や奇襲といった策を用いるほかは無い。
その基本となるのが情報収集。
つまり、エルデルの専門分野だ。
しかし、そんな事はすでにこの場の全員が気づいていることであった。
「もちろん忘れてないさ、エルデル。 ただ、陽動を行うにも、手勢がほしいところではあるな」
そういいながら、ガンナードはチラリとクーデルスの顔を見る。
「つまり、私のところから手勢を出せと?」
「ずいぶんと人聞きが悪いな。 そこは協力を求めていると言ってほしい」
ガンナードが目をつけたのは、この屋敷を警備しているスイカの執事たちだった。
先ほどはサナトリアの大暴れのせいで目立たなかったが、その横でスイカ農民を粛々と撃退していたである。
それを、目ざといガンナードが見逃すはずが無い。
「失礼。 その手の話は、あまり持って回った言い方をしても交渉時間が長引くだけ……と言うのが経験上染み付いておりまして」
「間違い無い。 ただ、無駄な軋轢を生まない方法も考慮してくれ。
これでも、一応は味方なんだからな。 お前のかつての政敵や同僚と一緒にしないでくれ」
やっている事は大して変わらないかもしれないが、立場的には味方なのだから、心情的にはもう少し心を許してくれてもいいんじゃないか?
……ということを言外に匂わせながら、ガンナードは不満げに鼻を鳴らす。
「おや、これは失礼。 少々拗ねてしまわれましたかな?」
「大変に拗ねてしまっているよ。 タマネギを仕込んだハンカチを用意してなかったのが悔やまれるぐらいだ」
お互いに茶番だからこの話題は流そうと、言葉ではなく態度で会話する。
上流階級特有の職人芸じみた腹芸の応酬に、エルデルとダーテンはこっそり顔を背けて舌を出していた。
「まぁ、冗談はさておいて。 私の私兵であるスイカ人間たちを使うことには異論ありません。
このような状況になった原因は私にありますしね」
「……いくら出せる?」
しれっとした顔で会話の路線を修整したクーデルスに、ガンナードはすかさず食いついた。
しかも、餌を食い漁る犬のような笑顔でだ。
そのあつかましく強引な反応に、クーデルスは思わず苦笑する。
「いくらでも。 千単位ですぐに増殖できますからね。
億の兵を用意しろといわれればそれなりの時間がほしいところですが、万単位ぐらいならばすぐにご用意いたしますよ」
その予想外の返答に、ガンナードのみならずエルデルからもグエッと変な声が喉からはみ出た。
なお、ダーテンに関しては、彼の実力からして億のスイカ人間を相手にしても問題なく勝利する能力があるので動じるはずもなく、アデリアに関してずっと上の空で話を聞いていない。
「……お前が戦闘的な性格じゃなくてほんとうに良かったと思っているよ」
ガンナードの口から、呆れたとも諦めたとも取れるため息がこぼれた。
そもそも、クーデルスは最初から自分ひとりの力でこの事件を解決するつもりであり、最初からガンナードたちの介入は必要なかったのである。
そのことを認めるのは正直癪にさわったが、現実を見ないほどガンナードは愚かではなかった。
まぁ、いい。
せっかく、この
当初の予定通り楽しませてもらおう。
完全に開き直ったガンナードは、にやりと笑ってクーデルスに語りかけた。
「では、1千の敵が篭城していると想定して、1万の兵を用意してもらおう」
「ほう、ガンナード……あなた、本格的に合戦をやらかす気ですか?」
篭城した相手というものは厄介な代物で、攻略に必要な兵力はおよそ相手の十倍といわれている。
その兵力に足りないわけでもなく、かといって過分なわけでもなく、ギリギリを狙ってくるあたり、この成り行きを楽しんでいるとしか思えない要望だ。
「当たり前だ。 お前が万の兵なら用意すると言ったのだから、その言葉どうりにやらせてもらう。
まさか、今更出来ないなんて言わないよな?」
「そんな惚れ惚れするようないい笑顔を見せられて、流石に嫌とは言えませんね。
戦争はお好きですか?」
クーデルスは、興味本位とも、心の奥底を見透かして揶揄するとも思える視線を投げかけ、ガンナードに問いかける。
「あぁ、大好きだとも」
彼の言葉に迷いはなかった。
「たとえ戦いの空しさと醜さをどんなに力説されようとも、この胸の高鳴りを前にしては嘘をつけない」
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