63話

「さぁ、作戦会議だ」

 広い食堂に入なりと、ガンナードは当然のように場を仕切り始めた。

 そり前に誰にも断りを入れないのは、場慣れしているが故の悪い癖だ。

 なぜなら……経験でというならば妥当ではあるのだが、それに誰もが納得しているわけではないのだから。


 その証拠にダーテンが少しだけ嫌な顔をしたが、軽く舌打ちをしただけでそのまま素直に席に座る。

 まさか兄貴分であるクーデルスを差し置いて自分が仕切るわけにもゆかず、そのクーデルスが今回の事件の戦犯のような立場である以上、代わりに誰が仕切るのかといわれたら代案が出せないからだ。


「さて、まずは相手の特徴と強さの検証から入ろうか」

「では、この資料を……」

 ガンナードの要望に答え、クーデルスが横から一枚の資料を差し出す。

 それは、反乱を企てたスイカ農民の特徴を記したものだ。


 その瞬間、ガンナードの顎がカクンと外れ、彼は黙ってその資料を隣のサナトリアに見せる。

 すると、サナトリアもまた眉間に深い皺を作りつつため息をついた。


「何と言うか、コレはあれだな」

「あぁ、アレだ」

 資料の挿絵として描かれていた敵の姿は……


「ゴリラだな」

 資料に目を通した二人の口から、同じ言葉がこぼれる。

 先日の植物兵器は、おそらくこの生き物を土台に作った代物なのだろう……書かれている内容を見るかぎり、サイズが2m程度といくぶんか植物兵器よりは縮小されていた。


「なんか、微妙に勝てるのか心配になってきた」

「しかも、向こうは数百と言う数なんだろ?」

 頭痛をこらえるような仕草で弱音を吐く男たちだが、先の植物兵器を知らないアデリアとダーテンは首をかしげるばかりだ。

 すると、その状況に追い討ちをかけるかのようにクーデルスが面倒な事を語り始めた。


「そのスイカ農民と戦うなら、今のうちに言っておかなければならない事があります。

 次の資料をご覧ください。

 この生物と戦うならば、相手が植物であるということを忘れてはなりません」

「……どういうことだ?」

「植物と言うのは、頭や手足の区別と言うものが曖昧なので……」

 だが、その時である。

 敷地のあちこちから、アラームのような音が鳴り響いた。

 同時に、クーデルスの口元が緊張したかのようにぎゅっと引き締まる。


「どうした、クーデルス」

「何があった?」

 そのただならぬ様子に周囲から問いただす声が上がるものの、クーデルスは一度沈黙し、言葉を選びながらその問いかけに答えた。


「どうやら、向こうから仕掛けてきたようです」

 その瞬間、他の面子の顔にも緊張が走る。


 仕掛けてきた相手が『誰か』などと聞く者はいない。

 なぜなら、ここはクーデルスが農業を研究するために作り上げた亜空間である。

 外部から彼の許しなくここにたどり着く者はいないからだ。


「ご心配なく。 この居住区にいるスイカ人間たちを兵として差し向けますので、すぐに撃退は可能です」

 わざと力強い調子で告げたクーデルスだが、そこに異を唱える者が一人。


「バカを言うな。 せっかく向こうから出てきてくれたんだ。 丁重にお出迎えしてやろうじゃねぇか!」

 獲物を見つけた猫のような笑みを口身とに浮かべると、赤毛の青年が止めるまもなく走り出す。

 結局のところ、彼は戦闘マニアの系譜であった。


「あっ、待ってください、サナトさん! まだ、説明しなきゃならない事が!!」

「悪いな、あんまり相手の事を知りすぎると面白くねぇんだよ!」

 クーデルスの制止の声を一蹴すると、サナトリアは部屋から飛び出してゆく。

 そして彼の姿がドアの向こうに消えると、クーデルスは伸ばした手を所在無さげにさまよわせると、ボソリと独り言を呟いた。


「不味いですね。 このままでは……」

「お尋ねしますけど、あの生き物はそんなに強いのかしら?」

 クーデルスの不吉な呟きに質問を重ねたのは、アデリアであった。

 すると、クーデルスは「いいえ」と即座に否定を口にする。

 その口調に嘘や慰めの気配は無い。


「本来は戦闘用ではなくて農作業用ですからね。

 戦闘力はサナトさんに及びません。

 向こうも実力ではかなわないので、こうやって我々が策を練る前に奇襲を仕掛けてきたのでしょう」

 その言葉にアデリアはホッと胸をなでおろす。

 だが、クーデルスはさらにこう続けた。


「ただ、相手は植物なんですよ。

 そこを意識できない限り、おそらく油断して怪我をするのではないかと」


 おそらく、この場においてクーデルスの言葉の意味の全てを理解したものはいないだろう。

 だが、唯一その結論だけは確実に伝わった。

 ――サナトリアに危険が迫っている。


「ちっ……追いかけるぞ」

 舌打ちと共にガンナードが立ち上がり、エルデルがそれに続いた。


「ダーテンさんもお願いできますか? フォローをお願いします」

 すると、闘神は仕方が無いとばかりに肩をすくめ、無言のままに立ち上がる。


 やがて遠くから剣戟の音が響きはじめた。

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