62話

 常識破りの蠍車に乗って、天国のような景色の花鳥園を一気に突き抜けた一行は、そのままスイカ農民達の支配する農業試験場を攻略……せずに、ちょこっと掠めて通り過ぎると、クーデルスの提案により居住区へと走り去った。

 まずは拠点を作ることにしたからである。

 

 なお、この区域はクーデルスの施したセキュリティーや反乱に加担していないスイカ人間があるため、スイカ農民の勢力下では無い。

 彼らの勢力下にあるのは、いまのところ農業試験場のみである。

 そもそも……スイカ農民側も人手が足りなさすぎて、他の区域を占拠するためのリソースが無いのだ。


 クーデルスの大雑把な部分が功を奏したといえば聞こえはいいが、ただの偶然なので誰も褒めてはくれない。

 400歳児が拗ねたのは、言うまでもないだろう。


 そして頭のいいミロンちゃんによって居住区まで運ばれてきた彼らは、その建物を見て埴輪のような顔のまま言葉を失った。

 別の言い方をするならば、『開いた口がふさがらない』という奴である。


「なんというか……恐ろしく趣味に偏った建物だな」

「規模だけは上級貴族の屋敷すら凌駕りょうがしますのにね」

 およそ豪邸を見慣れたガンナードとアデリアが、どう考えても褒めていないコメントを呟いた。

 他の面子は声すら出せない。


「いや、なんていうか……個性ってレベルじゃないっしょ。

 つーか、これ……建物かどうかも怪しくね?」

 ようやく搾り出すように問いかけたサナトリアの肩にポンと手を置き、サナトリアが首を何度も横に振った。


 彼らの目の前にあるのは、どう見ても樹木。

 しかも、横幅に特化した異形の大木である。

 砦のような建物が、何かの呪いで一本の樹木に変えられたと言えば一番イメージが近いだろうか。

 実際はむしろ逆なのだが。


「さぁ、皆さん。 遠慮なく中に入ってください」

 ただ一人平常運転のクーデルスがパンパンと手を叩くと、樹木の一部がパックリと割れて入り口らしきものとなった。

 そしてその大きな割れ目から、緑地に黒のメッシュの入った髪をなびかせてメイドたちがゾロゾロと現れる。


「うぉっ……スイカメイドか!? おい、こいつらは大丈夫なんだろうな?」

 一同を代表するように、ガンナードが疑わしい視線をクーデルスに向けた。

 なお、すでにハンプレット村のクーデルスの家で同じものと遭遇しているので驚きは無い。

 だが、反乱を起こしたスイカ農民と同じく植物から進化した生物だけに、その信頼性については大きく疑問が残るのもまた否めなかった。


 すると、彼らの疑問をすりつぶすかのようにクーデルスは笑いながら答えた。

「ご心配なく。 彼女たちはコンセプトが根底から違いますので。

 創造主である私に牙を向き、作物に魂を売った連中とは違います」


 ――本当に?

 その言葉を信じ切れないのは、クーデルスが政治家と言う一面を持つからである。

 彼らは、必要とあれば平然と嘘をつくからだ。


 そして、この状況ならば嘘をつくメリットは大きい。

 彼の言葉をそのまま信じるのは危険かも知れない。

 誰もが同じ台詞を心の中で呟く。


「信用が無いようですねぇ。 まぁ、私でもそうしますが。

 みなさんがお利口さんで、とても嬉しいですよ。

 では、まず最初に私が入りましょう。

 その後どうするかについては、皆さんがお好きになさるといい」

 周囲を見回してため息をつくと、クーデルスは一人樹木の中に足を踏み入れた。

 その悠々とした足取りを見て、最初にダーテンが。 続いてアデリアがその後に続くと、残りの三人も仕方なしと言わんばかりの表情で後に続く。


「うへぇ……中はこうなっているのか」

 樹木の裂け目を潜り抜け、ダーテンが思わず上を見上げて間の抜けた声を漏らした。

 そこは昼光色の光を放つ花々が咲き誇る、まるでオパールのような色彩で埋め尽くされた幻想的な回廊。

 しかも、床や柱も石や金属はほとんど使われておらず、見渡す限り木目調だ。


「贅沢な場所ね」

 中に入ってきたアデリアが、内装に目をやりながらボソリと呟く。

 だが、彼女の言葉の意味が他の面子にはよくわからなかった。

 彼らに理解できるのは、この空間を構成するもの全てが、普段目に入るものとはあまりにも異質であり、そして美しいということだけである。

 

「ぜんっぜんわかんねーけど、そうなんだ?」

「今貴方の踏んでいる木製のタイル……この特徴的な黒とピンクの縞模様はたぶん本物の『縞黒檀マカッサル・エボニー』よ」

「高いのか?」

 すかさず後ろにいたガンナードが食いついてきた。

 高度な教育を受けているはずの彼も、この木材は知らないらしい。


「貴族か木材が専門の商人でもなければその名を聞く事もないでしょうね。

 絶滅寸前の希少素材で、お金で買える代物ではありませんわ。

 昔は王宮などの床材として使われていた事もありますけど、今ではもはや流通も無くて、わたくしも古いアンティークの家具に使われているのを何度か見た事があるぐらいですわね」

 何かを諦めたようなアデリアの口調に、ガンナードは思わず目を皿のようにして内装の検分を始める。

 ここにある物を持ち帰ったらいくらになるだろうかという独り言は、全員が聞き流した。


 おそらく、扱いを間違えれば大貴族の間での小さな小競り合いぐらいにはなるだろう。

 やりようによっては、そこからさらに戦争に発展させる事も不可能では無い。


「まぁ、金目のものに関してはまったくわかんねーけど、それ以外の価値ならわかるんだよな。 ここの警備、ちょっとすげーぞ」

「それに関しては同感だな。 わかってるじゃねーか、金髪坊や」

「誰が金髪坊やだ、ニンジン頭」

 サナトリアと不毛な口喧嘩をしつつも、ダーテンは周囲の構造を改めて評価する。


 左右は庭になっており、先ほどの花鳥園にも劣らぬ美しい風景が広がってはいるが、外壁沿いには長さ三十センチ以上はあろうかという棘を持つ危険な植物が植えられていたりと、侵入者を拒むような工夫がそこかしこに施されていた。


 しかも、メイド服や執事の衣装を身に纏ったスイカ人間がそこかしこに配備されており、そのほとんどが戦闘訓練を受けた兵士のような動きをしている。

 少なくとも、彼女達の目線の動きは自然に身につくような代物ではない。

 同時に兵士としての実力も侮れないものがある……上級の闘神であるダーテンの目から見ても、この建物の警備は及第点をつけられる代物だ。


「中の設備は気に入ってもらえたようですね。

 そろそろみなさんの部屋を用意させましょう。 それとも時間的には食事を先にしたほうがよろしいですか?」

「そうだな。 出来れば色々と話をしたい事もあるから、食堂のような場所を使わせてほしい」

 クーデルスから予定を尋ねられると、ガンナードがそんな要望を伝えた。

 話をする以前に、まずは気持ちの整理をしたいと言う理由もあるだろう。

 こんな金目のものの塊のような場所でそのまま会議に移るには、ガンナードの性格と神経が繊細すぎた。


「では、作戦の立案に必要な資料をこちらに運ばせましょう」

 特に理由を追求せず、クーデルスはスイカメイドに指示を出す。

 そして彼は先頭に立ち、他の面子を食堂へと案内した。

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