9話
冒険者とは命の危険を伴う仕事であり、冒険者ギルドとはその危険な仕事を斡旋する場所である。
この世界の冒険者ギルドは傭兵団に近い性質を持っており、同じ街に存在するいくつもの冒険者ギルドが常にしのぎを削っている状態だ。
主な業務は、魔物や害獣の討伐、そして野外に生えている希少な資源の採取といったところだろうか。
当然ながら、そんな仕事に就くのは戦闘能力に自信のある連中か、他に行き場の無い連中のどちらかである。
そのため、一般人からは乱暴で胡散臭いと敬遠され、貴族からは野蛮な連中と
とはいえ、それがトップの業績を誇る連中となると話しは別である。
ギルドの上位に位置する冒険者ともなればそれなりに実績があり、おのずと信用も人気も出るものだ。
中にはちょっとしたアイドルのような扱いとなる者もいて、ギルドの入り口では上位冒険者の姿絵やグッズなどが販売されているらしい。
もっとも、実力のある連中が品格も備えているとは限らないわけで、調子にのってなれなれしい行動に出る部外者との間にトラブルは絶えないようだ。
「……で、ここがお勧めの冒険者ギルドですか?」
「お勧めというか、俺はここしか知らないからな。 けど、今のところ厄介な先輩も少なくて居心地はいいと思うぜ」
サナトリアがクーデルスを連れてきたのは、この街に5つある冒険者ギルドの中でも一番の老舗であり、現在はこの街の二番手と認識されている場所であった。
「うふふ……実に楽しみです」
「変な奴だな。 吟遊詩人の物語を聞きすぎた子供じゃあるまいし、冒険者の仕事がそんなに楽しいものじゃないことぐらいはわかっているだろう?」
サナトリアが横目で睨みながら呆れた声でそう呟くと、なぜかクーデルスは荒く鼻息を吐いて胸をそらす。
「やだなぁ、私だってそのぐらいは知ってますよ。
楽しみにしているのは、受付嬢です!
はぁぁ、どんな可愛い子が私の登録を手伝ってくれるのか、そしてそこから始まる恋の予感……」
そう呟きながら、クーデルスの目が遠くを見るようなものに変わる。
「そんな、まさか! こんな数値があるはずが! すいません、ちょっと魔力の計測がおかしかったので調べなおしてもいいですか?
いえいえ、お嬢さん。 それは正常な値なんですよ。 ふふふ、何をかくそう、私こそはいずれ伝説の大魔術師となる男なのです。
きやぁぁぁぁぁぁ! ステキ! 抱いて!!」
台本の陳腐さにも関わらず、それは迫真の演技であった。
なまじクーデルスの外見が真面目な公務員のようなオッサンだけに、この一人芝居はなかなかに破壊力がデカい。
……というか、痛い。
周囲で成り行きを見守っていた街の住人たちが、一斉に距離を取りはじめる。
「……アホか。 付き合ってられんわ」
呆れたようにため息をつきつつ、サナトリアは冒険者ギルドのドアを開けた。
だが、建物の中に冒険者らしき姿はほとんど無い。
時間的に、彼らはすでに仕事を受けて仕事に出てしまった後なのだろう。
そんなガランとしたロビーを突っ切り、彼らは受付らしき場所に足を向けた。
「よぉ、繁盛してるかい?」
「誰かと思えば、
サナトリアが声をかけると、受付にいた三十歳ぐらいの男が明るい顔で返事を返す。
なお、この世界には受付嬢などと言う華やかな存在は存在していない。
冒険者などと言う分別がなくて荒っぽい男の世界に美しい女性を投げ込めば、トラブルになるのは目に見えているからだ。
「ほら、この世の終わりを見たかのような残念な顔してないで、ゆくぞ」
「馬鹿な……冒険者ギルドに美人の受付嬢がいないだなんて……ありえない……うそだ……こんなはずは……」
顔に凄絶な表情を貼り付けたままうわごとを繰り返すクーデルスを引きずり、サナトリアは受付の男の前へとたどり着く。
「仕事を探しにきたのか? だったらお勧めのが幾つもあるんだが……」
「いや、今日は俺の用事じゃねぇんだ。 おい、いつまでも硬直してないで自己紹介ぐらい自分でやれよ」
受付の男が嬉しそうに仕事のファイルを取り出すのを制し、サナトリアはクイッと顎を捻って後ろに立つクーデルスに挨拶を促した。
だが、未だにクーデルスは受付嬢がいないという失意から立ち直れず、壮絶な表情で固まっている。
「あと、たしかこいつには美人の娘が一人……」
「あ、どうも。 クーデルス・タート、42歳、独身で恋人募集中です」
「へ? あぁ、どうも」
突如としてスイッチが入って動き出した冴えないオッサンに、受付の男は一瞬ポカンとした顔になる。
そしてサナトリアの腕を掴むと、カウンターに隅に引きずり込んでボソボソとした声で彼を問いただした。
「おい、なんだこのオッサン。 依頼人か? あまり金を持っているようには見えないが」
「それが聞いて驚け。 この歳で冒険者志願だ」
サナトリアが笑いながらそう説明すると、受付の男の額に見事な青筋が浮かぶ。
「おい、久しぶりに顔を出したと思ったらわざわざ冗談を言いにきたのか? ふざけんな!!
あと、よくもウチの可愛い娘を出汁につかってくれたな」
「まぁ、そう怒るな。 お前の娘はまだ8歳だろ? 奴に幼女趣味が無いのはリサーチ済みだ。
それに、あれで意外と得体の知れない奴なんだぜ」
「得体の知れないって何だよ!? ウチにトラブルの種を押し付ける気か!!」
面白がっているだけで、まるでフォローをする気のなさそうなサナトリアの襟首を、受付の男が鬼の形相で掴み上げる。
「あのー、どうされました? 冒険者として登録したいんですけど」
そんな二人の様子を他所に、全く空気を読まないクーデルスが暢気な声をかけてきた。
返事をしないわけにも行かず、受付の男の眉間に大きな皺が刻まれる。
「あー わるいんだがな、ウチはお遊びをする場所じゃないんだ。
冒険がしたいだけなら、他所を当たってくれ」
「そんな! 私は本気なんです!」
面倒くささを隠そうもせずに受け付けの男がそう言い放つと、クーデルスがすかさず前に出て食い下がる。
あぁ、これは言葉で説き伏せるのは効率が悪いタイプだな。
クーデルスの様子にそんな事を悟ると、受付の男はため息をひとつついてから、ある条件を彼に示した。
「そこまで言うなら仕方がない。 入団テストを受けてもらう」
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