10話
「お前に出す試験内容は、迷子のネコを探すことだ」
そう告げると、受付の男は資料の入った封筒を差し出した。
封筒を受け取って中身に目を通し、クーデルスは少し困ったような顔をする。
「……ネコですか」
「言っておくが、思っているほど簡単な仕事じゃない」
そういいながら、受付の男はこちらを興味深そうに見守っている冒険者に向かってハンドサインを送り始めた。
何人かの冒険者が反応し、そのうちの一人が最後に頷く。
「ネコはお前より身軽だし、知らない人間が近寄ればすぐに逃げる。
そして、ふだんはどこかに隠れているし、触るときも力を入れすぎると簡単に体調を崩す」
冒険者との間で無言のやり取りを短時間で終わらせると、受付の男はその試験の難易度を語り、挑発するような笑みを浮かべた。
「つまり、戦うだけしか能のない奴は、このギルドには要らないってことだ。 わかるか?
自分には無理だと思ったら、引くことも勇気だ。 今ならまだ取りやめてもいいんだぞ?」
「いえ、この試験に挑戦します」
クーデルスは硬い表情で大きく頷く。
だが、受付の男はわざとらしく舌打ちをしてみせた。
どこまでが演技かは本人のみぞ知るところだが、横にいるサナトリアが何も口を出してこないところを見ると、おおよそこれも通過儀礼のようなものであろう。
「あと、言うまでもなくサナトリアはここで留守番だ。 お前一人でこのテストを受けてもらう」
「わかりました。 特に時間制限は?」
クーデルスは受付の男の威圧するかのような口調にも揺るがず、まっすぐで強い視線を相手に向けた。
――なるほど、見た目どおりじゃないということか。
素人ならばこれで多少なりとも動揺を見せるものだが、こうも自信のある目を向けてくるという事は本物の実力者か、あるいはただのキチガイか。
困ったことに、どちらにも見えてしまうから始末が悪い。
なるほど、サナトリアが言うとおり、たしかに得体が知れないオッサンだ。
「二日だ。 それまでに依頼の猫をここまで連れてきてもらおう」
「わかりました」
短い返事を返すと、クーデルスは特に質問を重ねる事もなく、ひとりで外に出て行った。
そして……その後を、一人の冒険者が続いて出てゆく。
それは先ほど、受付の男のハンドサインに大して最後に頷いた男だった。
おそらくクーデルスを見張る試験官のようなものだろう。
彼がどんな手段を用いて問題を解決するか?
その方法がこのギルドにふさわしいか?
そして彼の実力はどのようなものか?
その全てを観察し、それらの情報を受付の男に届けるのだ。
そして監視役の男もいなくなった後。
サナトリアがとつぜん笑い出した。
「ぷっ……ぷぷぷぷ……ぷっ……ぶぁははははははは!
もーダメだ。 死ぬ! 笑い死ぬ!!
なぁ、おい、ずいぶんと面倒なやり方じゃないかマスター・ガンナード! 先代のやり方をあれほど嫌っていたあんたのやり方とはとても思えないやり取りだったぞ!」
腹を抱えて笑うサナトリアに、周囲の若手冒険者はギョッととした顔で視線を向け、受付の男……改め、このギルドの主であるガンナードは、かつての相方にむかって渋い顔を作る。
「お前なぁ、そんなに笑うなよサナトリア。 俺だって状況が変わればそれにあったやり方を使うようになるさ。
まぁ、今でもこういうやり方は好きでは無いが、古参ゆえの弊害って奴だな。
親父がいつも苦い顔をしていた理由が最近になってようやく理解できたよ。
組織が長く続くと、どうしても所属メンバーに対して素行のよさを求めなきゃいけなくなるもんだ。
俺だって辛いんだぜ? 老舗の看板はそれなりに美味しいが、伝統やら格式やらに縛られて、思い切ったことがぜんぜんできやしない。
なーにか12代目だ。 いっそ、一回所帯を潰して無から立て直してやろうか? ジジイ共の意見なんざ、クソっくらえ!!」
テーブルの上で拗ねたように頬杖をつく行儀の悪い姿は、ギルドマスターどころか年をとった悪ガキにしか見えなかった。
「まぁ、クーデルスの奴がここに入ればそんな事も言ってられなくなるだろうさ。
なにせ、色んな意味で規格外だからな。 きっと、めちゃくちゃ苦労するぞ?」
「そんなたいした奴には見えんがなぁ。
……と言うか、試験に受かるとは限らないぞ?」
フンと鼻を鳴らしながら理屈の重箱の隅をつつくガンナードに、サナトリアは軽く肩をすくめた。
「そうだな、確かに実力があっても試験管が不適切だと判断したらそれまでだ。
けどな、俺は奴に試験を通ってほしいんだよ」
「ほぅ? 理由は?」
興味を引かれたように顔を上げたギルドマスターに、かつての親友はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「きっと、そのほうが面白いから」
「なるほど、お前がそんな顔をするってことは……きっと凄まじい騒動を持ってきそうだな。
さっそく胃が痛くなってきたよ」
だが、その直後であった。
「おーい、新人。 ここにあった資料を知らないか? 闘技場から逃げ出した魔物の奴。
もうすでに他所のギルドの腕利きが3チームほど返り討ちにあったらしくて、依頼のランクを上げていいって依頼人から通達が来ているんだが」
ガンナードの後ろから、そんな事務担当の会話が聞こえてくる。
その瞬間、マスター・ガンナードの背筋になんとも言いようのない戦慄が走った。
「あぁ、それなら封筒がなかったんで、横にあった動物の捜索依頼の資料を適当に抜いてその封筒に入れて……」
「馬鹿野郎! うちの依頼は種類によって色分けして管理しているから、絶対に他の色の封筒にはいれるなって言っただろ!
誰かが間違えて持っていったらどうするんだよ!! あと、抜き取った迷い猫の資料がほったらかしになっていたぞ!」
「すいません。 優先度低いと思ったんで……」
なお、ガンナードが知る限り、現在このギルドで受けている迷い猫の依頼はひとつしかない。
何が起きているかは、すぐに想像がつくだろう。
「な、面白いことになっただろ。 ウチでもずっとこんな調子だ」
ニヤニヤとした顔でそう告げるサナトリアに、マスター・ガンナードは腹に手を当てながら、搾り出すような声で呟いた。
「頼む……勘弁してくれ」
お前、さては自分の手に負えない難物を俺に押し付けただろ?
涙目でそう訴えてくる親友を見下ろし、サナトリアはスッキリとした表情でこう告げたのである。
「こんな言葉を聞いたことはないか?
友は苦しみを半分にし、喜びを倍にしてくれる」
その顔は、苦しみの半分をものの見事に親友へと押し付けきった達成感で光り輝いていた。
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