第15話
「ねぇ、そろそろ別の街に行かない?」
アモエナがそんな事を言い出したのは、月が替わったばかり……彼女が初めて収入を得たあの日から一週間ほどの事だった。
「どうしたんですか、アモエナさん。 この街でやっと少しずつ稼げるようになってきたのに」
クーデルスは首をかしげる。
彼女の踊りは、本人の努力とクーデルスの惜しみない助力によって凄まじい勢いで上達しており、箱に投げ入れられるコインは日増しに増えている状態である。
「見ればわかるでしょ! こんな街にいたって、埋もれてゆくだけじゃない!」
彼女の視線の先には、全身を緑のタイツに包んだ逞しい男たち。
そう、今この町では空前のモンテスク・フィーバーの影響で緑の全身タイツを着たマッチョな男がトレンドなのだ。
先日、人類では理解しがたい規模でそびえた巨大な胡椒とともに、領主から感動のエピソードが公開されると、これまで豪商たちの横暴に涙していた民衆は、この異様な状況をスタンディングオベーションで迎え入れた。
そして商人たちの評判の悪さがそのまま領主と怪人……もとい妖精モンテスクの評判へとつながり、領主が祈りを捧げたとたんに胡椒の雨が降りだすという、過剰な演出……もとい妖精の祝福が起こした奇跡をきっかけとして、色々と感情が大爆発。
さらに領主とその手下が情報操作によってその流れを加速したために、いまや暴利を貪っていた商人の店は開店休業状態。
下手に店を開けば、暴徒が流れ込んで来かねない危険な状態となったのだ。
もはや商人と癒着していた役人たちも、誰かさんにより借金から解放された領主によって嬉々として次々に首をはねられ(時には物理的に)、街の中はまさに正気を失った熱狂の渦の最中なのである。
さて、こうなると、街の芸人たちの出し物については変化が求められる。
皆がこぞってこの流行物に手を出し、乱立する創作モンテスク・ストーリー。
どこもかしこも新しいモンテスクの物語を生み出すことに執着し、既存の娯楽はすっかり埋もれてしまっていた。
在り来たりな芸しかできない連中はこの流れで食い扶持を稼ぐ事ができなくなり、そそくさと別の街へ。
少なくとも、この異様な状態が治まるまでは、彼らがこの地に戻ってくる事はあるまい。
そのような中でアモエナの踊りにコインを投げてくれる客がいるのは奇跡にも等しいが、それもそろそろ頭打ちといった感じである。
「アモエナさんも流行りに乗ればいいじゃないですか」
「あのね。 私みたいな可憐な乙女に、モンテスクのネタは無理でしょ!」
「自分で可憐とかいいますか。 まぁ、否定しませんが」
やるとしたら、どこからかマッチョな男性ダンサーをスカウトし、そのヒロイン役としてがんばるしかあるまい。
だが、思春期の乙女にとって、体の線も露なマッチョな異性と言うのは、何かと刺激が強すぎるのである。
特にもっこりとした股間の辺りが。
こうして語る間にも、横を通った緑のマッチョの逞しい股間から目をそらし、アモエナは顔を真っ赤にしている。
なるほど、これは酷いセクハラだ。
「まぁ、確かにこれは辛いものがありますねぇ」
とは、最重要容疑者の言葉である。
「お洒落な髪型もチューリップもなく、たまに赤いマントを羽織っているぐらいでモンテスQを真似たつもりとは。
見苦しくて正視に堪えませんね」
「論点が激しく違いすぎて、もはや言葉が通じている気がしないんだけど」
怒りの言葉と共に、アモエナの恨みがましい視線がクーデルスの顔を貫く。
だが、前髪と眼鏡で武装したこの変人には全く堪えた様子は無い。
この厚い防御壁を貫くには、某女代官の蹴りぐらいの火力が必要なのだ。
「とりあえず、その変なセンス何とかしないと、絶対に恋人なんか無理ね」
「ぐはぁっ!? い、いますよ! 私のセンスをちゃんと理解してくれる、優しくて気立てのいい、可愛い女性が!! きっとどこかに!!」
「それ。モンテスクが現れるより奇跡だと思うけど?」
そして彼女の言葉の棘の威力は、すでにアデリアの蹴りに届こうとしていた。
心臓を貫かれたクーデルスは、しゃがみこんだまま指で地面を丸くなぞっている。
「とにかく。 さっさとこの街を出たいから、はやく旅費を稼いできてちょうだい」
「え? 私ですか?」
「だって、私の踊りじゃまだまだ稼げそうにないんだもん」
悔しいけれど、それが今の現実だ。
不満げに唇を尖らせるアモエナに、クーデルスはそっとため息を漏らす。
「はぁ、わかりましたよ。 ただ、今はちょっとあまり荒稼ぎは出来ませんし、アモエナさんにも働いてもらいますから」
貴重な薬草を売りにでも出せば、旅費ぐらいはあっさり手に入るのだが、それを頻発すると変なところに目をつけられてしまうのだ。
あくまでも愛と平和を旨する魔王様としては避けたい状況である。
もっとも、ほっといても自分で平和を破壊するのが悲しい性であるが。
「えー? 私、踊る以外のお仕事したくないんだけど!」
「早くこの街から出たいんじゃないのですか?」
そういわれると、アモエナもしぶしぶ頷くしかなかった。
「変な仕事持ってこないでよね」
「今は悪目立ちしたくありませんし、普通の仕事にしますよ。
その分、普通の収入しかありませんけど」
そう言ってクーデルスが探してきたのは、食堂の皿洗いの仕事であった。
あまりにも普通すぎたため、アモエナが何か落とし穴があるのではないかと30分ぐらい疑ったのは言うまでも無い。
「ねぇ、クーデルス」
「何でしょう、アモエナさん」
二人は並んで食器を洗いながら、雑談に勤しむ。
「けっこう強いんだから、皿洗いじゃなくて魔物退治とかすればよかったんじゃないの?」
「そんな野蛮な仕事を、この私にしろと? それはあんまりですよ。
私は愛と平和の使者なので、狩りはしません」
そう断言しながら、クーデルスは凄まじい勢いで皿を洗う。
正確には、彼の手から無数に伸びた触手が皿を飲み込み、一瞬できれいにして吐き出すのだ。
店の主人にはとても見せられない光景である。
「なによりも、仕留めた獲物と目を合わせるのが嫌じゃないですか。
責められているみたいな気分になりますので、繊細な私には耐えられません」
恐ろしいことに、紛れもなく本気の台詞であった。
まさに、お庭テロとして有名なミントを完全駆除できそうなレベルの繊細さである。
「……あんた、何者だっけ? 自分の称号を言ってみなさいよ」
「南の魔王ですが、何か?」
何の躊躇いもなくそう言いきる男が、繊細なはずが無い。
いや、逆に剛毅だと言われると、それもまたちょっと違う。
「こんな情けないのが魔王とか、正直信じられないわ」
「あはははは、他の魔族のみなさんにもよくそういわれました」
アモエナの皮肉もどこ吹く風。
恐ろしく分厚い面の皮だ。
「もう、いいわ。 皿洗いでいいから、さっさと稼いで他の街に行きましょう」
アモエナが深い諦めとともに、洗い終わった食器を布でふき取って棚に並べようとしたその時である。
「ふざけんな! お前のクソみたいな脚本なんか知るか!!」
突如としてテーブル席から響いた声に、クーデルスとアモエナはそっと顔を見合わせた。
すると、今度はそれに反論するような女性の声が聞こえてくる。
「で、でも、この街の外ではすごく人気の話で!!」
「他所は他所だ! この街は今、モンテスクのネタ以外は売れないんだよ!!」
同時に、食器がひっくり返る音が聞こえてくる。
怒鳴っていた男の声は酒に酔っているような響きがあり、トラブルの臭いを察した客がそそくさと料理をテイクアウトに切り替えて逃げていった。
店の店主が、奥に引っ込んでいろと視線で指示を出すが、クーデルスはそれを無視して客席のほうに歩いてゆく。
どうやら、喧嘩を仲裁するつもりだろうか。
そんな彼の頬を、飛んできた料理の皿がかすめ、ガシャンと派手に砕け散った。
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