第16話

 喧嘩をしていたのは、六人ほどの集団である。 

 いや、むしろ喧嘩と言うよりは吊るし上げといったほうが良いだろう。


 クーデルスが見る限り、脚本家らしい女性とその横にいる男性を、残り4人が取り囲んでいるといった感じか。

 話の流れから察するに、役者たちは流行のモンテスクのネタをやりたいのだが、脚本家は別のテーマをやりたいようである。


 なるほど、取り囲んでいる役者の一人は大柄で筋肉質であり、モンテスク役にはピッタリだ。

 だが、その顔はお世辞にも主人公役には向いておらず、むしろ普段は山賊などの切られ役でもしていそうな感じである。

 しかし、モンテスクは白い仮面を被っているため、顔立ちは意味が無い。

 彼にとっては、主役に近い役を得ることの出来るまたとない機会である事が考えられた。


「でも、彼がモンテスQの役をやるのはちょっと嫌ですねぇ。

 私の代役なのだから、もっと肉体的にも立ち振る舞いにもエレガントな方にお任せしたいものです」


 怒鳴り散らす役者たち眺めながら、クーデルスは誰にも聞こえない小さな声でボソリと呟いた。

 その手はなぜか黒板を持っており、凄まじい勢いでチョークを動かし、何かを書き記している。


 それにしても、クーデルスが不満に思うのも無理は無い。

 クーデルスの黒いローブの下に隠された肉体は、目の前の役者よりもはるかにスタイルが良く、その立ち振る舞いにも気品があるのだ。


 あの役者がいくらがんばったところで、おそらくその怪しさの中に埋もれた美しさには届かない。

 実際のモンテスQを目撃した領主たちが見れば、鼻で笑う代物になるだろう。


 モンテスQは……怪しくはあっても、無様であってはならないのだ。

 少なくとも、クーデルスの美意識の中ではそう定義つけられていた。


「ふん。 悪いが、こんな脚本にはみんな付き合いきれねぇんだよ。

 お前らとは、ここでお別れだ」


 クーデルスが不満を抱える中、役者たちは声を荒げつつ最終通告を叩きつける。


「いいか、この話は団長の許可も貰っている。

 あくまでもあの脚本にこだわるなら、お前らはクビだってよ!

 今頃、団長は別の脚本家と音楽家を探している頃だろうぜ!!」


 つまり、この諍いごとは彼らにとって予定調和だったのだ。

 脚本を書いたのは、おそらく彼らの劇団の団長。

 そして、俳優たちは見事にその役割を演じきったのである。


 ……会場となった店としては恐ろしく迷惑な話だが。


「そんな! 劇団を首になったら……私達ふたりではやってゆけません!」

「知るか! お前らがその脚本をやりたいのなら、他の劇団を当たるんだな!!」


 そんな捨て台詞とともに、役者の男たちはふてぶてしい笑みを浮かべながら立ち去ってゆく。

 彼らが店から出て行ったことを確認すると、クーデルスはその手にしていた黒板を店主に差し出した。


 その黒板を見て、目に怒りをうかべた店主が大きく頷く。

 彼は黒板に書かれていた内容を元に即座に請求書を発行すると、店の下働きの男にそっと手渡した。


 クーデルスが書き記していたのは、店の被害の見積もりである。

 それは破壊されたものの一覧と、その価格がほぼ正確に記されており、店主はクーデルスの目利きにこっそりと舌を巻いていた。


 明日には、店主が親しくしている権力者経由で劇団に損害賠償請求が届くことだろう。

 非道な振る舞いには、それ相応の報いが必要なのだ。


「災難でしたねぇ」

 クーデルスは店の片付けを他の連中に任せると、居心地悪そうにしている脚本家の女性に近づいた。


「も、申し訳ありません。 このような騒ぎを……」

 そんな台詞を口にしたのは、それまでずっと黙っていた隣の男だった。

 クーデルスはその男の指が独特の形状をしており、おそらく弦楽器を使う音楽家であることを一瞬で察する。


「いえ、アレはあの男たちが最初から仕掛けた代物だったのでしょう。

 被害者であるあなた方には何も請求しないと思いますよ」


 クーデルスがそっと振り向くと、店主はその言葉を裏付けるように大きく頷いた。


「それよりも、あなたたちがやりたがっていた脚本とはどのようなものでしょう?」

「えっと、その、これは隣の国で最近起きたお話でして……」


 おそらく役者たちを説得するために持ってきていたのだろう。

 脚本家の女性は、カバンからいくつかの冊子を取り出した。


「拝見しても?」

「どうぞ……」


 許可をとったクーデルスが脚本の表紙をめくるなり、その口があんぐりと開く。


「なに、クーデルス。 どんな本なの?」

 いつの間にか隣に来ていたアモエナがクーデルスの手元を覗き込むも、彼女は文字をほとんど読む事が出来ない。

 彼女が読み書きできるのは、自分の名前と、よく使われるいくつかの単語、あとは数字ぐらいがせいぜいである。

 この場にいる店のスタッフも似たようなもので、店主と経理の担当をのぞけば、店のメニューに書かれている文字以外を誰も知らなかった。


「よろしかったら、自分が朗読いたしましょうか? 店に迷惑をかけたせめてもの償いとさせていただきたいのですが……」

 そう名乗り出たのは、音楽家の男だった。


 皆が店主のほうを向くと、店主は大きく頷いてそれに応える。

 店主の許可が取れたことを確認すると、音楽家の男は荷物の中からバイオリンに似た楽器を取り出して調律を始めた。


 そして調律を終えた彼が、楽器を片手に語りだした物語とは――

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