77話
結論から言おう。
アデリアは、王太子を助けなかった。
正しくは、その役目をガンナードとその手勢に譲ったというべきだろうか。
そして見事王太子を救出したガンナードは、意気揚々と凱旋を果たしたのだが……。
「クーデルス。 アレ、なんとかならんのか?」
「何とかといわれましても、無理なものは無理ですよ、ガンナードさん。
昔から、アレにつける薬はないと相場が決まっているでしょ」
彼らの視線の先にあるのは、一組のカップルであった。
それが誰かなど、もはや説明するまでもないだろう。
「アデリア……愛してる」
「ダーテン、それ、朝から何回目かしら?」
「ん……たぶん、50回目ぐらいかな?」
……とまぁ、見事な馬鹿ップルぶりだ。
正確には、ダーテンが一方的に愛を囁き、アデリアがそれを真っ赤な顔であしらっている感じである。
ほんとうならばアデリアの仕事の邪魔なのだが、離れた場所においておくとダーテンがあまりにも鬱陶しいので苦情が発生し、隔離できないのだ。
かくして復興支援の仕事は、現在クーデルスとガンナードが中心になって動かしている。
「言っておくけど……お前の新婚の時も似たような感じだったからな、ガンナード」
「まて、サナトリア! それは聞き捨てならんぞ!
いくらなんでも、あそこまでは酷くなかったはずだ。
そうだろ、エルデル。 ……エルデル?」
返事が無いので気になってエルデルのいる方向を振り向くと、彼は部屋の隅で耳を押さえてブツブツと何かを呟いていた。
覗き魔で盗聴の大好きな彼をしても、この甘ったるい空間には耐えられないものらしい。
「おのれ……馬鹿ップルめ……ぶっ壊してやる。 ぶっ壊してやる」
エルデルの物騒な呟きを耳にしたガンナードは、一つため息をつくとサナトリアに振り返る。
「サナトリア。 面倒な事になりそうだから、あいつ縛って寝室に転がしておけ」
「あいよー」
……とまぁ、こんな調子でようやく平穏な日々を取り戻したハンプレット村なのだが、実は新たな火種が生まれようとしていた。
「あぁ、我がスイカの君よ。 君はなぜスイカなのだ……」
そう呟くのは、金色の巻き毛と青い瞳を持つ青年である。
金糸に縁取られた自己主張も激しい白い礼服に身をつつみ、側近にかしずかれながら庭で茶をすすっているのは、この国の王太子であった。
察しのいい人はお気づきかと思うが、クーデルスの仕掛けた吊り橋効果がものの見事に嵌ってしまったのである。
しかも、相手はアデリアでも村娘でもない。
……ガンナードが王太子の救出を命じた、スイカ・ヴァルキリーの誰かにである。
しかも恐ろしいことに、どの個体なのかが指揮官であったガンナードにもサッパリわからない。
大量生産されたスイカ・ヴァルキリーはどれも美しくはあったが、同時にほとんど顔の見分けがつかなかったのだ。
クーデルスの曰く……美人と言うものはその種族のもっとも平均的な顔であり、そのために美人だけを集めると、顔の識別がつけづらくなるのだとか。
どこまで真実かはわからないが、スイカ・ヴァルキリーを目の前に集めて王太子の想い人ならぬ想いスイカを探そうとしたガンナードにとっては、恐ろしく説得力がある話だった。
なお、ガンナードは『誰が王太子を助けたのか挙手するように』と宣言したのだが、群体としての意識を持つスイカ・ヴァルキリー全員が手を挙げたことで、敢え無く調査は頓挫している。
ちなみに、スイカ・ヴァルキリーをすべて王宮が引き取るという話もあるにはあったのだが、クーデルスが即座に笑顔で「嫌です」と切り捨てたことと、その数が一万と余りにも膨大であったため、王太子が泣く泣く諦めた形だ。
現在のスイカ・ヴァルキリーたちは、そのほとんどがクーデルスの研究所で休眠状態になっている。
そして、ごくわずかな数のみが、王太子たっての希望により、村の警備として動いている形だ。
「しかし……本当はどの個体が王太子を助けたのか、お前ならわかるんじゃないのか?」
王太子側からクーデルスの協力を得られるよう要請されているガンナードは、しかたなくといった顔でやんわりと探りを入れてみる。
だが、クーデルスの眉がピクンと跳ね上がったのを見て早々に『あ、これ無理』と結果を諦めた。
「嫌ですよ、ガンナードさん。 あんな浮気性の男にウチの娘を紹介するのは」
わからないとあえて言わないあたりに強い拒絶を漂わせ、クーデルスはにっこりと微笑んだ。
もっとも、微笑まれたガンナードからすると、猛獣の威嚇にしか見えなかったが。
「いや、そういわれるとごもっともなんだがな?
相手の立場って奴も考えてやってくれないか?」
粘り強く交渉を繰り返すガンナードだが、クーデルスは一つため息をつくと、視線をそらしたまま頬杖をついた。
そして、ボソリとこう呟いたのである。
「やめたほうがいいですよ? 相手は結局人じゃなくてスイカなんですから。
寿命は一年もありません。 というか、そろそろ活動を停止するころですし」
「……冗談だろ?」
「事実ですよ。 だって、スイカなんですから」
哀れ、王太子の新しい恋はこうしてはかない運命となったのである。
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