31話

 翌日。 アデリアは妙にスッキリした顔で職場に現れた。

 昨日はずっと眉間に皺を寄せてうんうんと唸っていたのだが、今日はすっかりその面影はなく、鼻歌すら歌いだしそうな雰囲気である。


 そして彼女が自分の席に座ると、さっそくクーデルスが話しかけてきた。

「おや、その様子だと、答えは出たようですね」

「ええ、一晩かかりましたけど、ようやく自分がどうするべきか理解しましたわ」


 クーデルスは彼女の言葉に頷くと、早速とばかりに自分の机から分厚い資料を持ち出して、アデリアの机の上に乗せる。


「では、麻の栽培について説明を……」

「いえ、まだそれは必要ありません」

 資料を開こうとしたクーデルスの手を押さえると、アデリアは笑顔のままそう告げた。


「その前に、私の出した答えを聞いてくださいますか?」

「わかりました」

 そして、アデリアは緊張を和らげるために大きく息を吸い込むと、迷いの無い口調でこう告げたのである。


「麻薬となる可能性が100%存在しない麻を作ってください。

 それが出来ないなら、他の方法を考えます。 私は自らのリスクのツケを民に支払わせることは出来ない」


 それは、聞く人によって『都合のいい話』『わがまま』だと判断されてもおかしくは無い答えであった。

 耳に心地よい言葉ではあったとしても、およそ結果を出すための返答ではないからだ。


「一言だけ言っていいですか?」

「どうぞ」

 クーデルスはため息をつき、アデリアは批判に耐えるため背中に隠した手をぎゅっと握り締めた。


「青いですね、貴女」

「ええ、小娘ですもの。 青いのも馬鹿なのも、若さの特権ですわ」

 理想ではあるが、効率が悪くて出来る可能性の少ない選択肢を選ぶ。

 それを愚かと呼ぶのはたやすいが、同時にこれほど美しい道もない。


「夢や希望という言葉は、お嫌いかしら?」

 アデリアの言葉に、クーデルスはまぶしげに目を細める。


「いいえ、大好きですよ。 恥ずかしくて自分では口に出せなくなってしまいましたけどね」

 そう告げながら、クーデルスは手にした資料の中からいくつかのページを破り捨て、残ったものだけを彼女に渡した。


「貴女のおかげで、ずいぶんと忙しいことになりそうです」

「ごめんなさいね。 でも、まだ私は大人にはなれないの」

 悪びれもなく、アデリアはその資料を手に取り、素早く目を通し始める。

 ざっと見たぐらいでは理解が出来ないほどのその高度な内容に目を細め、彼女は笑って横目でちらっとクーデルスを盗み見た。


「それに、すぐ隣には頼りになる大人がいますでしょ?

 しかも、こんな無茶を言ってもかなえてしまうような」

 そんな調子の良い台詞に、クーデルスは思わず苦笑いを浮かべる。


「人のプライドをくすぐるのがお上手になりましたねぇ。 そして図太くなりました」

「ええ、何せ師匠が良いものですから」

 褒めたのかけなしたのかもわからない台詞を、堂々と褒められたことにしてしまう。

 これぞ悪役令嬢の面目躍如であった。

 そんなアデリアの面の皮の厚さに、クーデルスは笑みを深める。


「それでよいのです。

 人によっては人に頼りすぎだというかもしれませんが、目的のためなら自分のプライドにこだわらない貴女のほうが私は好ましいと思います。

 支配者と言うのは方向性を決めるだけでよいのです。

 細かく考える事は、使われる立場のものがやればよろしい」

 そしてクーデルスはゆっくりと一礼すると、口調を改めて彼女に告げた。


「そして使われるほうからの言葉ですが……三日ほどくださいますか?

 全ての麻から毒を完全に抜く事はできないかもしれませんが、影響を完全に封印する手段を作ります」



 そして三日後。

 クーデルスに呼び出されたアデリアは村はずれにある荒れた畑に呼び出された。


「新しい苗が完成したにしても、何もこんな日に外へ呼び出すなんて、淑女の扱い方がなっておりませんわ」


 初夏も過ぎつつある今日は、文字通り雲ひとつ無い青空。

 強くなり始めた日差しに辟易しつつ、華奢な日傘に粗末な麦藁帽子というアンバランスな姿で、アデリアは不満を口にする。


 そして背中に汗をかきつつ、畑の横に立っている小屋までやってきたのだが……肝心なクーデルスの姿が中に見当たらない。

 だが、途中であった村人たちも奴の姿を見たと証言があったし、このあたりに来ているのは間違いないはずだ。

 なら、どこにいったというのか?


「このわたくしを呼び出しておいて、いい度胸ですわね」

 そんな恨み節を口にしつつ、外の景色の中にクーデルスの姿を探せば、洪水によって出来たあがった砂利と小石だらけの荒地の真ん中に、黒いローブ姿がポツンと立っている。


「ちょっと、団長! 人を呼び出しておいて何をしておりますの!!」

 すると、クーデルスらしき人影はアデリアのほうを振り向いて、大きな身振りで手招きをする。

 こちらにこいと言うことらしい。

 何様のつもりだとは一瞬思ったが、よくよく考えればクーデルスは団長で、アデリアの役職はその副官である。

 心の中で悪態をつきながらも、アデリアはしぶしぶ外に出てクーデルスの元へと歩き出した。


「ようこそ、アデリアさん」

「……人を呼びつけておいて、ずいぶんと酷い扱いですわね。

 私が日焼けしてしまったら、どう責任をとるおつもり?」

「あぁ、それは失礼」

 アデリアがそう抗議すると、クーデルスはなんでもないとのように指を鳴らした。

 不意に周囲が薄暗くなる。

 気が付くと、巨大な花がまるで店外のように彼女の頭上を覆っていた。

 詠唱はおろか、魔術が発動する気配すら感じさせない妙技である。


「相変わらず魔術の腕に関しては底が見えませんわね。

 ところで本題に入りますけど……ございましたの? 麻から毒を消し去る方法」

「ええ、結果的に……と言うことになりますが」

「よく意味がわからないわ」

 どこかはっきりしない答えに、アデリアは首をかしげざるをえなかった。

 そんな彼女を前に、クーデルスは淡々と説明を始める。


「まず、生えてくる麻から全ての毒を抜く事はできません。 周囲に自生している麻を駆除しても、鳥がどこからか種を運んできてしまいますからね」

「それで?」

 いきなり否定から始まった説明にも、アデリアは冷静に聞き返した。

 なぜなら、この男が出来たといったのだから、そこに嘘やごまかしがないことを知っているからである。


「ですので、毒をもった麻はこれに食い尽くしてもらいます」

「……これ?」

 そう言ってクーデルスの指したのは、畑の土。

 釣られる様にアデリアも視線を落とすが、特におかしなところは無い。

 いや、よく見るとなにやらもぞもぞと土が動いている。


「特殊な性質を持つダニです。 麻薬効果のある麻を好み、普段は麻と共生していますが、毒性を感知すると爆発的に増えて問題のある個体を喰らいつくし……」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 クーデルスの説明が終わるより早く、ダニの絨毯の上に立っていたことに気づいたアデリアが、絹を裂くような悲鳴を上げた。

 そのあと、目を覚ましたアデリアがクーデルスをどうしたかについては……ご想像にお任せしよう。

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