32話
その日、アデリアは思わぬ人物の訪問を受けていた。
「珍しいですわねダーテン。 貴方が私に用があるとは」
普段のダーテンは、兄貴分であるクーデルスや仕事の報告先である村長にしか話しかけることは無い。
……というより、どうやらダーテンはアデリアのようなタイプの女性が苦手なようである。
「うーん、まぁ、なんていうかさぁ。 ちょっと気になる事があるんだけど、他の奴じゃ頼りねーし。
あんた、俺より頭いいだろうし、クーデルスの兄貴相手でも物怖じしないし、一番頼りになるんじゃねーかなって」
ダーテンの口からこぼれた台詞で、アデリアは想像を巡らせていくつかの推論をはじき出した。
クーデルスに物怖じをしないのが条件という事は、クーデルスにとって隠したいことか不利益が絡むことなのだろう。
そして他の人間が頼りないからと言って、わざわざアデリアを頼るという事は、それなりにリスクのある内容である可能性は高い。
「まぁ、それで私に? 頼りになると思われたのは光栄ですわね」
アデリアは微笑みながら手にしていた書類をとじた。
もしかしたら、少し長い話しになるかもしれない。
「立ち話も何ですから、そこの椅子にお掛けになってくださいな。
お茶ぐらいはご馳走しましてよ」
書類を片付け終わると、アデリアは
そしてクーデルスから譲ってもらったとっておきの紅茶の蓋を開けた。
「おお、いい茶葉じゃないの。 銘柄までは知らないけど、夏摘みの上等なやつ?」
「まぁ、お分かりになるの? 嬉しいわ」
――どうやら、先方はお茶の良し悪しがわかる相手のようだ。
一見して軽薄そうなダーテンの、意外な趣味のよさにアデリアは目を細める。
そして最細の注意を払って最後の一滴まで搾り出すと、彼女は無地の白いティーカップをダーテンに差し出した。
「へぇ、てっきり派手なカップで出てくると思ったけど、これは意外だねぇ。
でも、極限まで飾りを捨てた白磁ってのも、あんたらしいといえばあんたらしいな」
「でしょう? 飾りがないからこそごまかしが効かない。
形や陶石の質、そして職人の腕が浮き彫りになるわ。
虚飾だらけの貴族社会にいるからこそ、飾りの多いものよりもこういう極限までシンプルな物のほうが愛しいのよ」
そこまで語った後に、二人はどちらともなしにお茶に口をつけた。
何も言わず、ただ茶を楽しむ。
5分ほどそんな時間が続いただろうか、口を開いたのはダーテンだった。
「さぁて、そろそろ本題に入ろっか。
俺が気になっているのは、この村が被災したときの状況なんだよ」
「まぁ、意外ですわ。 私以外の方がそこに興味を持つなんて」
心底驚いた顔で、アデリアはひそかに喜びを感じていた。
――まさか、こんなところから協力者が現れるだなんて!
以前から村の被災状況については何かおかしいとは思っていたのだが、あまりにも多忙なためにその部分に手をつける事ができずにいたからである。
クーデルスに問いただそうにも、どうもあまりしらけれたくない事があるらしく、のらりくらりと話題をそらされてしまうのだ。
それはアデリアを試しているのか、本当に知るべきことではないのか、いずれにせよ知らないことがあるというのは気持ちのよいことではない。
「まず気になったのは、周辺にも同じような条件の村はいくつかあるのに、この村だけが妙に被害が大きいことだ」
なぜ、この村を守る堰だけが修復もされず老朽化していたのか?
そして近隣の村人が手伝いにこないのか?
「そして、復興を冒険者にまかせっきりなのに、代官は視察にもこないことね」
アデリアの言葉に、ダーテンは深く頷く。
代官がここに来ない理由については村人に恨まれているからだが、なぜ恨まれているかについては情報が全くなかった。
しかも、他の領地の手を借りないにしたって冒険者の手を狩り、しかも丸投げというのはやはり少しおかしい。
なぜなら……冒険者はならず者の集まりと言う認識が一般的だし、その例外となるような上級冒険者はここに来ていない。
もっとも、来ていたとしても荒事が専門の彼らに華々しい出番などあるはずも無いのだが。
「いろいろと不自然なのよ。 事情については一応聞いているけど、まるでとってつけたような理由ばかりの気がするわ。 どこはかとなく一貫性が無いというか……」
顔を曇らせるアデリアの言葉に、ダーテンが頷く。
「それなー。 代官をすごく恨んでいるのは知っているけどさぁ。
なんで恨んでいるのか村人に聞いてみてもみんな言葉を濁すんだよな。 マジ悲しくね?」
「同感ね。 あれはまるで……家族を殺された恨みだわ。
実際に堰の老朽化で男手を失っているから、殺されたも同然ではあるけど。
でも、家族をそれで失った人以外でも似たような反応だし、何か引っかかるのよね」
そんな風に意見を交わす二人だが、同じ疑問を持っている事がわかっただけで特に何も新しい事がわかるわけでもない。
「とりあえず、誰かに話せてスッキリした。 なんつーか、俺、こういうの腹に抱えてるの苦手なんだわ」
ダーテンはそう告げると、お茶を飲み干して立ち上がった。
アデリアのほうも話すべきはもう無いらしく、引き止めようとはしない。
「私も同じ疑問を持っている人がいるとわかって心が軽くなったわ。
もし何かわかったら知らせてくださる?」
「おぅ。 そっちも何かわかったら教えてくれ」
そんな挨拶を二人が交わした、その時であった。
アデリアの私室のドアが開く。
「し、失礼します。 あ、あの……」
遠慮気味に入ってきたのは、村長であった。
おそらく急を要する知らせが入ったために走ってきたのであろう。
村長の髪は乱れ、少し息も荒かった。
「あら、どうかしたのかしら?」
アデリアが用件を尋ねると、村長は一度下を向き、息を整えてから顔を上げる。
そして、鬼火のように不気味な光を放つ目をしてこう告げたのだ。
「代官が……代官がこの村にやってきます」
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