33話

 代官が来ると聞いたアデリアとダーテンが真っ先に向かったのは、クーデルスのところだった。


「おや、アデリアさん。 よいところへ。

 ちょうど今、サツマイモボニアトという根菜を試しに作ってみたところなんですよ。

 よかったら試食してゆきませんか?」


 ちょっとした計算違いで通常の300倍の速度で生長した麻を、証拠隠滅もかねて焼き払った跡地……今は緑の蔓草の生い茂る畑のド真ん中で、芋を片手に地味で陰気な大男は微笑みながら振り返る。

 さりげにダーテンが視界に入っていないあたり、この男も大概だ。


「団長、お話があります!」

 アデリアが真剣な顔で話しを切り出すと、クーデルスもまた表情を引き締めた。

 そして震える声でたずねる。


「ずいぶんと真剣な顔ですね。 ま、まさか、ダーテンさんとの交際を認めてほしいと!?」

 ピシリ。 アデリアの顔が一瞬で凍りついた。


「お願い、ダーテン」

「よし、きた。 正気に戻れ、このお花畑ぇ!!」

 アデリアが呟くと同時に、ダーテンの拳がクーデルスを畑の彼方へと消し飛ばす。

 もっとも、顎に手を当てながらあれーおかしいなという表情のまま飛んでゆくあたり、まったく堪えた気配は無いが。


「団長、お話があります。 真面目に聞いてください」

 ダーテンに頼んでクーデルスを回収すると、畑のあぜの縁に立ちつつアデリアはため息混じりに嘆願した。

 なお、先日のダニ大繁殖事件の後からアデリアは一切畑に入っていない。

 あの事件は彼女にとって完全にトラウマとなってしまったらしい。


「ほら、兄貴。 ちゃんと起きてくれよぉ。 大事な話があんだからさぁ」

 ダーテンが責めるような声色で話しかけると、クーデルスは畑の上で上半身を起こし、面倒そうに頭をかいた。


「えーっと、ダーテンさんとの交際の話じゃないとなると、代官が来ると言う話についてですか?」

「ご存知でしたか」

 だったら最初から真面目にやれとは言わない。

 どうせまともな答えなど返ってこないのだから、そのまま流すのが一番疲れないのだ。


「先ほど知らせを受けました。 まぁ、第一級の神がこんな辺鄙な村に降りたとあっては、そうなるでしょうねぇ」

 そう呟くクーデルスの顔に、特に感情の乱れは無い。

 本来ならばクライアントの視察なのだから、緊張感が漂わなくてはいけないはずである。


 ましてや、アデリアの尽力にも関わらずこの村はかなり歪な復興を遂げていた。

 第一級神の招致、ダーテンの怪力と魔術による尋常では無い建物の復旧速度、麻の異常繁殖による農地の緑地化。

 結果だけを見れば望外の成果だが、経緯と内容の詳細は色々と危険すぎて人には見せられたものではない。


「ぜんぜん驚いてませんね。

 もしかして、これも貴方の計画のうちなのですか?」

「まぁ、全てが思い通りと言うわけではありませんが、予定通りといえば予定通りですね。

 ざっくりした最終目標と要所だけを押さえて、流動的な状況を利用するというのも謀略のコツのひとつです」

 苛立ちを隠そうともせずにアデリアが問いただすと、クーデルスはそんなことかとばかりに肩をすくめた


「私が祭壇に神をお招きするときも、何かしましたね? いくら望んだところで、私にあんな上級の神を呼べるはずはありませんもの」

「否定はしません」

 否定しないどころか諸悪の根源ではあるのだが、いけしゃあしゃあとしらばっくれる。

 その鉄面皮と強心臓に、アデリアの横で黙って話しを聞いているダーテンの頬が引きつった。

 アデリアが呼んだ神が実は彼であることを、クーデルスはまだ彼女に告白していないのである。


「つまり、私が成すこと全て、貴方の手のひらの中だったということですか」

 恨みがましい言葉を投げつけるアデリアだが、言うほど腹は立てていない。

 クーデルスに悪意は無いし、踊らされたのはひとえに彼女が未熟だからである。

 そんな思いを知ってか知らずか、クーデルスは小さく肩をすくめた。


「そんなに綿密な策を仕掛けたわけではないんですよ。

 私としては、代官がこの村に来なくてはならないようになれば、その理由は何でもよかったんですから」

「……代官をこの村におびき寄せて、何をさせようというの」

 不吉な予感に、アデリアの声が鋭くなる。


 この村の住人たちが代官に向ける憎しみは本物だ。

 そんな状態に代官を呼び寄せれば、血の雨が降ってもおかしくは無い。


 だが、そんな状況をクーデルスがわざと作り出す理由がどうしてもわからなかった。

 そんな事をしても、彼には全くメリットも無ければ意味すら無いからである。


 すっきりとしない状況に二人そろって眉間に皺を寄せていると、クーデルスから思わぬ提案が示された。


「せっかくだから、ご自身で考えてみてはいかがですか?

 最近は仕事のほうも順調すぎて退屈でしょうし。

 そもそも団長は私ですから、貴女が探偵ごっこをする間ぐらいは仕事の面倒を見ますよ」


 ――遊ばれている。

 アデリアとダーテンがそう理解したのは一瞬だった。


 こんな提案をされるのは、どうせ真実にはたどり着けないだろうという自信があるからだろう。

 だが、間違いなく当事者であると言うのに何も知らないでいることなど、この二人に耐えられるはずもなかった。


「もしかしたら、貴方の思惑の邪魔をしてしまうかもしれませんわよ?」

「おや、それは楽しみですね。 お手並みを拝見しましょう」

 精一杯の皮肉をこめたアデリアの台詞だが、クーデルスは余裕の笑みで受け流す。

 そんな態度にカチンときたのだろうか?

 アデリアとダーテンの表情が怒りに染まった。


「後で吼え面かいても知りませんことよ!」

「後で素直に話していたほうが良かったって後悔してもしらねーからな!!」

 二人分の捨て台詞を残すと、アデリアとダーテンは不機嫌を丸出しにした状態で村人達の仮設住宅がある方向へと歩き出す。

 そんな二人の背中を見つめながら、クーデルスはやれやれと肩をすくめた。


「何も知らないでいる事が一番幸せなのに……仕方が無い子たちですねぇ。

 状況的に私が代官を殺すとでも思っているのでしょうか? あんな小物には全く興味が無いというのに」

 二人が聞けばますます困惑するような言葉を呟きながら、クーデルスは取れたばかりのサツマイモボニアトを焼く準備を始める。


 そんな物騒な台詞を口にしつつ、どことなくワクワクした気分で落ち葉をかき集めて火をつけ、クーデルスは濡れた葉で芋を包むと、焚き火の中に放り込んだ。

 そして弱火の遠火でじっくりと火を通しながら、彼はふと思い出したかのようにボソリと呟いたのである。


「まぁ、結果的には私が望まなくても殺しちゃうことになるんでしょうけど。

 はたして、彼女たちにそれが止められますかねぇ」


 なお、この作物を美味しくいただくためには、収穫の後に一ヶ月ほどの熟成が必要であることを彼が思い出すのは、およそ三時間後。

 わくわくしながら焼けた芋を一人でこっそり食べ、全く甘みがないことに肩を落としたときであった。

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