55話

「おい、どこまで行く来だ! いいかげん、疲れてきたぞ!!」

 走り始めてすでに30分。

 そろそろ息が切れ始めたサナトリアがエルデルに怒鳴り散らす。


「しかたがないだろ! 万が一の事を考えると、村から離れた場所を選ばないと!!」

 怒鳴り返すエルデルの顔にも、ビッシリと汗が浮かんでいた。

 冒険者として鍛え上げられた彼らでも、ペース配分が出来ないこの命がけのマラソンはなかなかに辛いらしい。


 そしてエルデルの向かった先は、村とは反対側の丘陵地帯。

 緩やかな傾斜が、確実に三人の体力を奪ってゆく。


「ちょ……少し……ペースを……落として……」

 言い合いをする二人の少し後ろを走りながら、ガンナードが顔をしかめつつ口を挟む。

 こちらは完全に息が切れており、もうしばらくしたら地面にへたり込んでしまうかもしれない。


「お前は普段からもう少し運動しろガンナード! すっかり足腰が鈍ってるじゃねぇかよ!!」

「う、うるさ……い! 俺は……お前等……と……違っ……て……事務処理……が……山ほど……あるんだ……よっ!」


 親友に激を飛ばしつつサナトリアが振り返ると、ジャイアントリザードとの距離は離れ始めていた。

 ――もしかしたら、彼らの体の構造は傾斜を苦手としているのかも知れない。

 サナトリアは、宿に戻ったら手製のモンスター図鑑にそう書き加えることを決意した。


 だが、それもこれも、全てはジャイアントリザードを振り切ってからである。

 そんな事を考えていると、隣でエルデルが声を上げた。


「おい、見えてきたぞ! ここからはお前まかせだサナトリア。 何をどうすればいい?」

「こいつを水の中に投げ込む!」

 サナトリアは懐から小さな袋を出すと、それをスリングのようにブンブンと振り回し始めた。

 そして十分に加速をつけると、目の前の泉に向かって放り投げる。


 ――ポチャン。

 サナトリアの手から離れた袋は、綺麗な放物線を描いて泉に落ちた。

 次の瞬間、泉の中がブクブクと大きな音を立ててあわ立ち始める。


「うわっ、すげー嫌な予感がする!」

「そんなの……最初からわかっていた……事だろ」

「で、どうするんだ。 そろそろガンナードの体力がもたんぞ」

「泉の横をすり抜けて、ここから出来るだけ離れる!」


 サナトリアがそう告げると、三人はそこからは完全に無言となり、必死の形相で走り続けた。

 そして泉の横をすり抜けた瞬間である。

 バシャアッと盛大な水しぶきをあげて何かが現れた。


「振り返るな! 逃げることに集中しろ!!」

 とっさにサナトリアが放った警告に従い、ガンナードとエルデルは振り向きかけた首の動きを止める。

 同時に、背後からなんとも奇妙な音が響き始めた。


 ニャーン、ニャーンと、まるで猫が甘えるような声。

 だが、それが猫のものであるはずが無い。

 間違いなくクーデルスの作ったという植物兵器が立てる音なのだろう。


「おい、そろそろ大丈夫だろう……後ろを確認するぞ」

 小高い丘の上にのぼると、サナトリアは足を止めてそう告げた。


「いったい、何が……うげっ」

 振り向いたエルデルが思わずカエルを踏み潰したような声を上げる。

 つられて振り返ったガンナードもまた、思わず言葉を失った。


 そして全員が異口同音に同じ台詞を口にする。

「なんで、ゴリラ!?」

「にゃーん?」

 いや、そんな事を言われてもといわんばかりに、巨大な緑のゴリラモドキがクリクリとまるい目をしばたかせ、首をかしげた。


「おい、あれ、本当に役に立つのか?」

「俺が知るか! 文句はクーデルスに言え!!

 拠点防御用だから近づく存在に向かって自動的に攻撃すると……」

 サナトリアがエルデルに言い返したその時である。

 ゴリラモドキの手が、自らの尻に伸びる。

 そして……。


「にゃーん!」

 ゴリラモドキは、尻から出した何かをふりかぶり、ジャイアントリザードたちに向かって投げつけた。

 次の瞬間、チュドォォォォォォンと大きな音を立てて、爆煙と共にジャイアントリザードの体が幾つも空に舞い上がる。


「え、えげつねぇ……」

「あれは精神的というか、生物としての尊厳にまでダメージが入っぞ」

「おい……悠長なことを……言っている場合か」

 息を整えつつガンナードが指差す先には、ゴリラモドキの爆撃をすり抜けたジャイアントリザードの姿があった。

 さすがにあの大雑把な攻撃では、全てを駆逐するというわけには行かないらしい。

 とはいえ、生き残っている数はそう多くは無いようである。


「まぁ、この数なら楽勝だな」

「油断するなよ、エルデル!」

 武器を構えるサナトリアとエルデルの後ろで、ガンナードはいつの間にか地面に複雑な図形を書き記していた。

 どうやら、魔法陣を触媒とする魔術を使うつもりらしい。


「よし、久しぶりの荒事だ。 派手にやろうか」

 そんな台詞を吐きながら、ガンナードが右の拳を前に突き出す。

「楽しくやろうぜ」

「ヘマすんなよ」

 三人は笑いながら互いの拳をぶつけ合うと、自らの体の調子を確かめるように緩やかな動きで戦いを始めた。


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