56話

「思った以上に少ないな」

 エルデルの呟きに、残り二人が大きく頷く。


 ゴリラモドキの攻撃を抜けてきたジャイアントリザードは、およそ10頭ほど。

 残りはあの屈辱的な爆撃をうけ、空に輝くお星様になってしまったようである。


「さて、サナトリア。 久しぶりに鉄火場に立つお前に質問だ。

 知ってのとおり、ジャイアントリザードの表皮は非常に硬く、刃物に対して耐性がある。

 まともにやれば、ゴツい鈍器でも用意しない限り戦いにならない。

 では、ジャイアントリザードと戦うなら、どのタイミングで、どこを狙う?」


 チラリと視線を向ける先は、サナトリアの持つ二本のショートソード。

 あの巨大なトカゲと戦うにはリーチが短く、あまりにも不適切な武器だ。

 だが、サナトリアは不敵に笑う。


「ばーか。 俺が忘れているわけないだろ。 心配しすぎなんだよガンナード。

 すぐに模範解答を見せてやるから、お前はそこで見ていろ」

「ふん。 油断して火傷してもしらんからな」

 サナトリアの余裕げな声に、ガンナードは悪態を口にしつつ肩をすくめた。

 そして魔法陣を描き終わると、近くに落ちている小石を数えながら拾い上げる。


「さて、初手は俺がいただくぞガンナード。 エルデルはフォローを頼む」

「よし来た」

 サナトリアは視線をまっすぐ前にすえたまま指示を出し、先頭のジャイアントリザードに挑みかかった。

 そしてジャイアントリザードが噛み付こうと口を開けた瞬間、軽業師のように身軽さで一歩退く。


「ほらよ、動きが止まってるぜ!」

 ガチンと物騒な音と共にジャイアントリザードの顎がかみ合わさったその瞬間……ジャイアントリザードの動きが止まった。

 ほんの一秒にも満たない、だが、サナトリアが攻撃を仕掛けるには十分すぎる時間。


 その瞬間を貰って、彼はショートソードを突き出した。

 ……ジャイアントリザードの、その小さな鼻の穴を狙って。



 さて、少し余談を語ろう。

 頑丈な生き物の弱点といえば、その代表が目である。

 だが、爬虫類には瞼の下に瞬膜と呼ばれる透明な膜があり、眼球を保護する役割があるのだ。

 そのため、ジャイアントリザードをはじめとする爬虫類系のモンスターにはこの瞬幕が発達したものが多く、目は弱点にならない事が多い。

 そして下調べの足りない二流の冒険者が、惰性で目を狙って返り討ちに会う……というのは、冒険者あるある話の一つである。


 ゆえに、ジャイアントリザードをしとめるならば、狙うは鼻の穴。

 それも、噛み付きに失敗して動きが止まった瞬間を狙うのが最上なのだ。


 幸いなことに、ジャイアントリザードの知能は低い。

 自らを囮にフェイントをかければ、あっさりと無防備な鼻をさらけ出す。


 そして鼻から逆流した血液は、ジャイアントリザードの鼻の奥へと逆流し、その呼吸を乱して判断力と体力を奪うのだ。

 あとは弱った相手を好きなように料理すればいい。


 逆に言えば、一瞬の隙を突いてジャイアントリザードの小さな鼻の穴を狙って攻撃できる腕がなければ、ジャイアントリザードとは戦うべきではない……それがベテランと呼ばれる冒険者の常識なのである。

 サナトリアの動きは、まさに宣言どおりのお手本のような戦い方であった。



 ぎしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?

 サナトリアの正確無比な攻撃を受け、ジャイアントリザードが凄まじい悲鳴を上げつつのた打ち回る。

 だが、そこにサナトリアの姿は無い。

 すでに彼の姿は、次のジャイアントリザードの前にあった。


 そして彼は、そのジャイアントリザードにも同じ事を繰り返す。

 巨大なジャイアントリザードの間を次々とすり抜けつつ攻撃する様は、その真っ赤な髪とあいまって、まるで炎が踊っているようであった。


 かたやエルデルは攻撃には加わらず、敵の注意を自分にひきつける事に専念していた。

 だが、回避に専念するだけも相手の攻撃の手数を減らす効果があり、その働きがあるがゆえに、サナトリアが複数のジャイアントリザードに囲まれるようなことが無い。

 まさに絶妙なバックアップといえよう。

 戦いとは、何も相手を切り刻むだけのものではないのだ。



「よし、そろそろいけるぞ!!」

 ガンナードが声をかけると、サナトリアはジャイアントリザードから距離をとってから振り向いた。


「了解! エルデルもバックアップありがとな! いい仕事だったぜ!」

 エルデルもまた、無言で親指を立て、速やかにガンナードの前から退避する。


「さぁ、トカゲ風情に使うにはちょいと勿体無いが、この魔導師ガンナードの戦術級魔術の冴え……冥途の語り草にするがいい」

 ガンナードは味方が安全な場所まで退避田のを確認してから、起動の呪文を口にした。


「……起動せよ、守護女神パラディオン!」

 その瞬間、地面に描かれた鳥の翼のような形の魔法陣が青く輝く。

 そして彼は拳を開き、魔法陣の上に小石を落とした。

 その数、ジャイアントリザードと同じ12個。


「終わりだ」

 ガンナードが落とした小石が地面につく寸前、その姿が搔き消える。

 同時にパンっと音がして……目の前全てのジャイアントリザードの頭が弾けとんだ。

 どさり、どさりと、戦場に重い音が響き渡る。


 なんとも、あっけない幕切れ。

 勝利の感動を覚える暇すら存在しない。


「ひゅー相変わらずおっかねぇなぁ」

 パンパンと音が響き、サナトリアが拍手をしながらガンナードを茶化す台詞を口にする。

 だが、そんな安っぽい挑発にはのらんぞ……といわんばかりにガンナードは肩をすくめた。


「ふん。 これでもギルドマスターだぞ? このぐらいの切り札は持っていないとな」

「言ってろ、バケモノ。 野外でこんな魔術を使うのはお前ぐらいだよ」


 守護女神パラディオンとは、魔法陣の上に落とした物体を可能な限り正確な場所に、そして可能な限りの速さで射出するだけの魔術である。

 だが、単純であるがゆえに使い手次第で威力は激増し、しかもその特性ゆえに視界の届く場所であれば決して外さず、逃げる事も避ける事もほぼ不可能。

 弾丸に別の付与魔術をかけたり、オリハルコンなどの魔力を帯びた希少金属で出来た矢など使えば……といえば、その応用範囲の恐ろしさがわかるだろうか?


 その名の通り元は戦場において投石器から飛んできた岩を撃墜するために開発された防御魔術であるが、敵軍の将を狙撃するなどといった手段として使用したほうがメリットが多い……軍人たちがすぐに気づいたのは言うまでも無い。

 ゆえに、見た目こそ地味ではあるものの、この魔術を取得した魔術師が一人いるだけで、もはやその砦は難攻不落と呼ばれかねない代物になる。


 問題は、その習得が非常に困難であり、複雑な魔法陣が触媒として必要であること。

 かつ魔力が高くなければ意味がなく、本来は城壁などに取り付けてある専用の魔道具を使用して放たれる代物だ。

 こんなものを地面に棒で描いた略式の魔法陣で起動できるはずは無い。

 ……本来は、であるが。


「さて、これでひとまず依頼は片付いたわけだが……」

「問題は、この大量のジャイアントリザードがどこから沸いたかだよなぁ」

「まて、二人とも。 どうやら、元凶のお出ましのようだ」

 顎に手を当てて考え込む二人の肩を、耳を済ませて周囲を警戒していたエルデルがポンと叩く。


 そして、30分後。

 顔が隠れるぐらい前髪を伸ばし、眼鏡をかけた陰気な大男が彼らの前に現れた。

 それが誰かなど、もはやわざわざ説明する必要もあるまい。


「やぁ、みなさんお揃いですね。

 植物兵器の波動を感じて様子を見に来たのですが……何か見覚えのあるトカゲが転がっていますね。

 どこに消えたかと思っていたら、こんなところに逃げてきてんですか」

「ほぉ、このトカゲの素性を知っているのか? クーデルス」

 のほほんとした顔で放たれたクーデルスの台詞に、ガンナードが左手でそっと胃をおさえつつ、右手の拳を握り締める。

 顔は笑っていたが、その右の拳はプルプルと小刻みに震えていた。


「ええ。 村の特産品にしようとおもって養殖していたんですが、予想以上に増えてしまいましてね。

 そろそろ数が多すぎるのでどうかしようと思っていたら……先日、村の娘さんを口説いている隙に集団で脱走されまったんですよ。

 いやぁ、見つかってよかった」

 にこやかに笑うクーデルスだが、その太い首に背後からサナトリアの左腕が絡みつく。

 同時にエルデルがパンっと、左の手のひらに拳を叩き付けた。


 そして三人は、異口同音に同じ台詞を口にしつつ、クーデルスへと襲い掛かったのである。


「しっかり管理しやがれ、このオタンコナス!! 脳みそお花畑!!」

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