第115話
魔王クーデルス、乱心。
その知らせを受け、国中の神々が緊急招集を受けた。
そして、ドゥロペアにある大神殿に神々が集い、この未曾有の事態をどう解決するかについて協議が始まったのだが……。
「とりあえず、無理だよね」
「うん。 無理」
「結論が出たところで各自解散!」
開始五分でこの結論である。
はっきり言って、この召集は『何もしなかったわけではない』という実績作りの意味しかなかった。
「まて、お前ら!!
いくら相手がアレとはいえ、無責任すぎるだろ!!」
ドンと机を殴りつけ、大きなシロクマが吼える。
他でも無い。 第四級神ベラトールであった。
「そうは言ってもベラトール殿。
あなたの弟君の恐ろしさはあなたが一番ご存知でしょうに」
「むしろ、アレが暴走したのに少女一人の身柄と生贄地帯ひとつで済んだのだから幸いでしょう?」
「下手に手を出して被害が広がってはたまったものじゃない」
ひとり異を唱えるベラトールに向かって、神々が次々に言い訳を返す。
そのふがいない反応に、ベラトールの口からギリギリと大きな歯軋りの音が響いた。
「貴様ら、それでも神か!
民衆が苦しんでいるというのに、何もせずに傍観しているなど……恥を知れ!」
そもそも、今回の被害が少女一人の身柄と生贄地帯ひとつで済むだなど、誰が保障してくれるのだろうか?
むしろ、それすらもただの隠れ蓑で、なにかとんでもない計画を裏で動かしているのがクーデルスのパターンである。
だが、熱く語るベラトールに対し、神々の反応は冷ややかであった。
その視線を通訳するならば、一人でなに面倒な事ほざいているんだこいつは……である。
「では、貴方が何とかすればいいでしょベラトール殿」
「我々は他の地域の住人まで巻き込みたくは無いのです」
その見事なまでの責任放棄に、とうとうベラトールがキレた。
青い光が一瞬部屋を照らしたかと思うと、並み居る神々のほとんどが氷漬けになる。
いくらベラトールが実質第一級神の力をもっているとしても、あまりにも一方的で圧倒的な光景であった。
「えぇい、話にならん!
ユホリカ、お前この地域の長老だろう!!
ふがいないこいつらに何か言ってやれ!!」
手近にいた神の一人を蹴り砕き、ベラトールが桃色の髪をした女装の少年神を振り返る。
すると、ユホリカ神は手にした茶を啜った後に物憂げな溜息を吐いた。
「まぁ、心情的にはベラトール殿と同意見ではあるんですけどね。
具体的にどうするかといわれると、打つ手が見つからないんですよ」
そう、まさに問題はそこだ。
クーデルスはすでに鉄壁の布陣を敷いており、神々をもってしてもどこから手をつけてよいかわからない。
監視の目を緩めて後手に回ったのは、神々の失策である。
そして、いまからクーデルスの手の内を探るにしても、中級神の中でも上位レベルの実力が必要だ。
「……基本的には説得だな。
幸い、あれは魔族の中では例外に近いレベルで話が通じる。
あと、アレは身内には馬鹿馬鹿しいほど甘い」
そんなベラトールの言葉に、ユホリカもまた頷く。
「そうですね。 力づくでやろうとすれば、多大な被害を覚悟しなければならないでしょう。
……となれば、対話路線しかありませんね」
だが、そこまではベラトールもとっくに考えていたことだ。
しかし、その先の段階に進むには大きな障害が立ちふさがっているのである。
「問題は、どうやってアレに声を届けるかだな」
「まさか、寒村地帯をまるごと樹に飲み込ませてしまうなんて思ってもいませんでしたよ。
……おかげであの地域はすでに別世界です。
たぶん、我々の力はまともに作用しません」
クーデルスの作り出した世界樹はその周辺を魔力を自らの支配下に置き、一つの世界を形成する性質がある。
その体が純粋な魔力で構成されている神々にとってそれは致命的であり、油断すればあっさりと魔力を吸い尽くされて消滅しかねない。
「……となると、物理的な肉体を持った者が使者としてあの中に入るしかありませんね」
「だが、適任者はいるのか?」
意外なことに、ユホリカは大きく頷いた。
どうやら、この成り行きを予想して色々と手を考えていたらしい。
「第二級神のダーテン殿ならば問題ないと思いますが、どうでしょう?
個人的にクーデルス氏と親交も深いと聞いておりますので、対話に応じてくれやすいかと思いますが」
だが、ベラトールは頷かなかった。
「あの若造か……ダメだな。 たしかにあの中に入る実力はあるだろうが、クーデルスに口で勝てるところが想像できない」
むしろ丸め込まれてクーデルス側についたとしてもおかしくはないだろう。
そんな人材を使うわけにはゆかなかった。
「では、第一級神のモラル殿はどうでしょう?」
「禁祈の女神か。 それも不安が残るな。
アレはよりにもよってクーデルスに懸想をしている。
むしろここぞとばかりにアモエナ嬢を排除して、自分が居座りかねん」
……というより、その展開を予想して、彼女は声がかかるのを心待ちにしているに違いない。
しかし、彼女の【感情を吸い取る力】は、クーデルスの狂気に対して非常に有効である。
リスクを冒してでもつれてゆくべきか?
そして、どうやらここで適正な人材のネタが尽きたらしい。
ユホリカは深く溜息をつくと、ベラトールに向かってこう告げた。
「困りましたね。
そうなると……適任者は私か貴方しかいないのでは無いでしょうか?」
じっと目を合わせるユホリカに、ベラトールは返事を返す事ができない。
――できるのだろうか? 会えばいつも喧嘩になるあの弟を、よりにもよって説得するなんて事を。
沈黙するシロクマの手のひらに、嫌な汗がじっとりとにじんでいた。
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