第41話
リンデルクの街を出たクーデルス一行は、街道にそって西へと向かって旅を始めた。
そろそろ春も終わりに近く、色づき始めた麦畑の傍らでは、オダマキやオオデマリといった初夏の花が蕾を膨らませ始めている。
照りつける日差しは強く、大きな綿雲が飛び交う空の下、行き交う旅人たちの顔を乾いた風が撫でて通り過ぎていった。
耳を澄ませば、どこからともなく気の早い夏鳥が甲高い声で愛の歌を響かせている。
そんな長閑な光景の中、クーデルスは一人御台にすわり、退屈そうに頬杖をついていた。
……何もする事がないのだ。
かといって、馬車の中に引っ込んで居眠りでもしようものなら、馬車を引いているミロンちゃんが拗ねて動かなくなるのである。
しかも、ミロンちゃんが下手な人間より賢いので何も指示する事が無い。
おまけに体力が半端では無いので、ほとんど休憩する必要も無い。
さらに元の体質が違うのか、かなり食いだめが出来るらしく、空腹も訴えない。
大人四人と大量の荷物を積んだ状態でかれこれ4時間以上は走っているのだが……疲れる様子もなく絶好調だ。
馬を知る人間ならば、そんな馬鹿な話があるのかとキチガイ扱いしてくるであろう有様である。
ゆえに、御者台に縛り付けられたまま何も出来ないクーデルスは、完全に暇をもて余していた。
これでロザリスでも炒れば話し相手ぐらいにはなったのかもしれないが、彼女はフードコートを襲ったならず者たちの再教育を行うためにしばらく街に残る予定だ。
クーデルスからしばし解放された彼女が生き生きとしているように見えたのは、おそらく気のせいではあるまい。
いっそ、ローブの中の魔法陣を通じてフラクタ君と雑談でも始めようか……そんな事を考えたときである。
不意に後ろのドアが開いてアモエナが顔を出した。
「ねぇ、クーデルス。 ちょっと気になったんだけどさ。
次はどんな街なの? 私、まだ聞いてないのよね」
すると、クーデルスはその長い指で目の前の山脈を指差す。
こころなしか、その動きが面倒くさそうであった。
「交易の街なんですよ。 あの山々の向こうにあります」
「……気のせいじゃなければだけど、あの山ってものすごーく高くない?」
気のせいではなくとも、そこにあるのは立派な山脈である。
行き交う雲を下に見下ろし、渡り鳥が頭上を超えて行くことを許さない……そんな威圧感たっぷりの山が、彼らの行く手に立ちはだかっているのだ。
「その通りです。 次の街、ティンファの別名は天空の街。
雲の上までそびえる山々の中にある交易都市ですよ」
クーデルスの言葉を聞くなり、アモエナはげんなりしたかのように肩を落とした。
「なんでそんなところに街を作ったのよぉ」
もっともな意見だが、文句を言ったところで現実は何も変わらない。
「今いるこの国は、もともといくつかの小さな国だったのですが、戦争の結果統一されましてね。
その中でも争いを避けた者達が作った小さな国……都市国家がティンファなのです」
「それでそんな山奥に街を作ったんだ?
でも、なんで今はこの国の一部になっているの? 」
アモエナが首をかしげてそんな事を呟くと、クーデルスはため息てその理由を語りだした。
「問題が起きたのは、このあたりがやや平和になり始めた頃の事でした。
この街は、実は大きな街同士を繋ぐ最短距離に位置していたんです。
そのため、交易都市として栄えることとなり、結果として欲に目のくらんだ連中に制圧されたという悲しい歴史があります」
「うわぁ、最低。 最初から戦争なんかやりたい人だけでやっていればいいのに。
なんで嫌がっている人たちまで巻き込むのかなぁ」
相変わらずの率直な意見に、クーデルスは大きく頷く。
「まさにその通りですね。 分不相応な欲を持つのはかまわないのですが、それで自分で努力をするよりも、他人のものをすぐにほしがるという方向に流れるからそうなのです」
もっとも、他人のものを欲しがると言うのならば魔族や竜族も大して違いはない。
ただ、人間ほど無差別に何でも欲しがらないだけだ。
「あと、その街を目指すには幾つか理由もありましてね。
まぁ、問題もいくつかあるのですが」
「えー、なにそれ。 他の街ではダメなの?」
すると、クーデルスは面倒くさそうにその理由を口にした。
「早い話が、最終目的地が王都だからですよ。
そこに行くには、その街を経由するのが一番近いのです」
つまり、都市国家であったティンファが滅びた理由……交通の便がその理由なのである。
「迂回なんて提案したら、カッファーナさんがまた妖怪化しますよ?」
「あー、それはちょっといやかも。
で、問題って何?」
「道自体はかなり整備されているので使いやすいのですが……途中での宿泊がねぇ」
「遠いの?」
「距離的には短いのですが、上がり坂も下り坂も山ほどありますからね。
おそらくは一週間以上はかかるかと。
そして今では別の道も出来たりして、すっかり街道が寂れているのですよ」
つまり、宿泊できる村が限られているということだ。
「うわぁ、しばらくは野宿続きかぁ。 ま、クーデルスがいるからあんまり不便は無いとおもうけど」
アモエナは軽く息をつくと、クーデルスのデタラメな野宿を思い出して少し微笑む。
思えばたった二ヶ月程度の時間なのに、ずいぶんと長い時間が過ぎたようだ。
それだけ濃密な時間を過ごしたということだろう。
「ところで……」
アモエナが回想に浸っていると、不意にクーデルスが情けない声を上げた。
「次の野営地についたら、風呂を沸かしてもよろしいでしょうか。
それそれコレを何とかしたいので」
クーデルスが指差したのは、顔を覆い隠している長い前髪である。
カッファーナによって洗濯糊でガチガチになってしまい、かなり笑える状態になっていた。
「ぷぷっ。 しょうがないからカッファーナさんに許してもらえるようお願いしてあげる。 感謝してよね?」
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