93話
イベントの告知が終わってから一週間後。
クーデルスたちのところに、ドワーフたちからダンジョンの改造が終わったとの知らせが入った。
「ヂュッチュー」
「ふむ、ではあさってにでも落成式を行いましょう。
式典のご案内は正確な日程が決まってから差し上げるので、今日のところはこれで楽しんでください――
クーデルスが呪文を唱えると、横においてあった大きな鉢からココナッツのような大きな果実をしこたま実らせた果樹が生えてくる。
「これは私が品種改良したウィスキーの樹です。
あぁ、すいませんが運搬はそちらにお任せしてもよろしいですか?」
「ウッチュー! ウチュチュッチュー!!」
やんわりとした声でそう告げるクーデルスだが、ドワーフたちはよくわからない奇声を上げると、ウィスキーの樹に駆け上がり、その場で宴会を開始してしまった。
仕事場に、濃密な酒の匂いが漂い始める。
「やれやれ、ここで宴会をされると困るんですけどねぇ」
思わず苦笑を漏らすクーデルスだが、ドワーフさんたちはお構いなしだ。
どこからとも無く小さなグライを取り出し、仕事道具であろうツルハシでウィスキーの実に穴を開け、中に入っている酒を上機嫌で飲み交わす。
そんな様子に、隣で様子を見ていたアデリアがクスリと苦笑い交じりの笑みをこぼした。
「まぁ、可愛いからいいじゃありませんの。 ちょっと酒臭いですけど」
たしかに小さくて可愛いドワーフさんたちがチューチュー騒ぎながら酒盛りをする姿は見ていて心が和む光景だ。
「ええ、可愛いから注意できないのが困りますね。 とりあえずアデリアさん。
落成式の日取りと案内状の作成をお願いしていいですか?」
「ええ、伝えたい内容を大まかな箇条書きにしてくだされはすぐでも」
アデリアの返事とともに、クーデルスはすぐに自分の席に戻ると、紙とペンを取り出す。
そしてサラサラと、意外なほど流麗な文字で必要事項を書き記し、それをアデリアに提出した。
「では、後をよろしくお願いします。
私はシステム面の最終調整に入りますから」
それだけを言い残すと、クーデルスはダンジョン近くにある作業場へとこもってしまったのである。
――数日後。
冬には珍しくよく晴れた空の下、ダンジョンの落成式が行われた。
「勇気ある村人、および冒険者の皆さん。
本日は、ハンプレット村のダンジョンの落成式にお集まりいただき、ありがとうございます。
まずは、村の守護神にして第一級の神であるモラル様からのご挨拶でございます」
そんなアデリアの台詞と共に、ブショーっと音を立てて白い霧が壇上を覆う。
続いて、ポン、ホポンと何かが弾けるような音が鳴り響き、空から大量の花びらが雪のように降り注いだ。
さらに、どこからともなくアップテンポな音楽が鳴り響き、霧の中から明るい少女の声が鳴り響く。
「みんなー! こーんーにーちーはー!!」
そんな台詞とともに霧が吹き払われ、ハスの花が咲き乱れる壇上にいつの間にか一人の少女がマイクを片手に立っていた。
ピンクのキラキラした髪をツインテールに束ね、白地にピンクの縁取りのある、フリフリのミニスカートに身をつつんだ美少女。
マイクを片手に、まるで踊るような派手なジェスチャーを交えながら、少女は叫ぶ。
「はーい、みんなー! モラルちゃんだよー!!
今日は、私ために集まってくれてありがとー! おもいっきり楽しんでね!」
じゃあ、さっそく
では、聞いてください! ……新曲、アタシに恋しろ眼鏡野郎!!」
モラル神の歌声が響き渡ると、観衆たちから野太い歓声が上がり、光輝くサイリウム・ワンドを振りながら信者たちが踊り狂った。
……この村ではごく一般的な崇拝方法である。
そして守護神モラルによる歌と踊り25曲、さらにアンコール2回が終わった後、モラル神グッズの販売やサイン握手のコーナーが続き、お布施が大量に乱れ飛んだ。
そんなこんなで、やがて日も暮れかかった頃。
ようやく落成式は次の段階に進む。
「それでは、モラル様のサイン握手会はここまでにして……続いてチキチキダンジョン猛レース参加者の正式登録を行いたいと思います!」
燃え尽きたというよりは萌え尽きてぐったりとした観衆を尻目に、アデリアのアナウンスが朗々と会場に鳴り響いた。
「参加者の方は、まずあちらの機材で魔力の波長を登録し、クーデルス団長からバビニクの果実と登録カードを受け取ってください」
その声に従い、参加希望者がゾロゾロと会場の隅にある大きなオブジェへと向かっていった。
なお、その大きなオブジェこそは今回のイベントにおけるクーデルスの最高傑作であり、触れたものの魔力パターンを保存するデータベースであった。
しかも、カードや端末を用いてそのデータの情報を呼び出したり、付随されたデータを使って各種サービスを行う事ができるという優れものだ。
「はいはいこちらですよ。 この部分を握ってください」
やってきた参加希望者をクーデルスが出迎え、何をすれば良いかの案内を開始する。
ちなみに、このシステムはこのあとガンナードのところの冒険者ギルドで登録カードを作るために流用される事が決定していた。
ただ、データの登録のためには一つの問題があり……。
「うわぁ、なんじゃこりゃあ!?」
「これは……タコの触手か? うげぇ、粘液が糸を引いてやがる!!」
魔力の波長を検知する器具が、クーデルスの作った植物……上のとおりのぶきみわるい触手であるため、参加者たちは全員ドン引き状態である。
だが、ここで勇者が現れた。
「ふん。 意気地の無い庶民共が。 この俺様が一番乗りをしてやろうではないか!!」
名乗り出たのはサンクード元王太子である。
なるほど、廃嫡を覆さなければならない彼からすると、この程度で怯むわけには行かない。
そして彼が触手を握ろうとした瞬間。
「いっちばんのりぃ!!」
「ぐはぁっ!?」
突如として真っ赤な無礼者が彼を突き飛ばして触手を握った。
「おお、最初はサナトリアさんですか」
「おうよ。 こういうお祭り騒ぎは大好きだぜぇ!
やっぱ、一番って気持ちいいよな!!」
ついでに一番乗りをしようとしたほかの奴を潰して、自分が一番を奪うのはもっと気持ちがいいのだろう。
彼がこの瞬間を狙っていたのは言うまでも無い。
「こっ、この無礼者!! くっ、ならば二番は……」
だが、サンクード元王太子は二番を取る事もできなかった。
「よぉ、兄貴。 次は俺な」
元王太子が起き上がるよりも早く、いつの間にか近寄っていたダーテンが触手を握る。
「はい、ダーテンさんも登録完了ですよ。
当日までこのカードをなくさないようにしてくださいね」
その後も、勢いづいたほかの参加者が我も我もと押し寄せ、あっという間に列を作ってしまった。
「貴様ら! そこをどけ!! 俺が先だ!!」
「あ゛ぁっ!?」
元王太子が怒鳴った瞬間、参加者全員がそろって彼を睨みつける。
その、今まで遭遇したことの無い侮蔑に満ちた視線の圧力に、王太子は再び尻餅をつくこととなった。
結局、元王太子はそのまますごすごと列の最後に並ぶ事となり、屈辱に唇を噛み締めていたという。
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