94話
それはある意味で楽園であり、別の意味で地獄とも言えた。
楽園である理由は、そこには美少女しかいないこと。
地獄である理由は、その美少女が全員、バビニクの実によって美少女化した野郎共であるということだ。
「ふははははは! 俺、美人!!」
そんな中、鏡に映りながら、豪快な笑い声を上げる赤毛の美少女。
彼女が何者かと言うと……。
「ノリノリですね、サナトリアさん」
「おう、クーデルスか。 案外楽しいなコレ。
お前もやってみるか?」
「……いろんなところから文句がきそうなのでやめておきます」
こころなしかゲンナリとした表情で
「しかし、皆さんこうもあっさりと自分の姿の変化を受け入れるとは。 わりと予想外でした」
「まぁ、けっこう楽しいぞ。 美少女って」
数時間前、クーデルスからサービスドリンクが配られ、騙まし討ちのような形でバビニクの果実を摂取した参加者たちだが、今ではほぼ全員が鏡の中の自分を見てうっとりとしていた。
なぜ? 美少女は正義だからである。 反論は許すが、許容はしない。
そして、イベント実行委員会から衣装が提供されると、その衣装の山から自分の好みの服を引っ張り出してセルフ着せ替え人形に突入である。
……冷静に考えると、実にすばらしい悪夢だ。
「そういやさ、ダーテンの姿を見ないんだが、どに行ったんだ、あいつ?
俺の次に参加登録をしたから、ここにいないはずはないんだが」
「あぁ、彼ならばここですよ」
ふと呟かれたサナトリアの返事に答えながら、クーデルスは衣装の積み重なった山を掻き分け始める。
「だ、ダメっ! 兄貴!!」
そして衣装の中に隠れていた一人の少女を引っ張り出した。
「ぶははははは! なんだお前、その姿!!」
サナトリアが豪快に笑い出し、周囲の視線が集まる。
そこにいたのは、恐ろしく庇護欲をそそる少女だった。
元々の金髪碧眼にくわえ、おそらくこの会場で一番小柄で華奢な体つき。
強く抱きしめればポキッと音がしてしまいそうな危うさが漂っている。
「いやぁ、元々もっている能力が悪いように作用したようでしてね。
大柄で逞しい本来の姿とは正反対の属性が発現てしまいました。
その結果として、小柄で細身といった方向性になったようです」
「は、恥ずかしい……」
今の自分の姿がよほどショックだったのだろう。
ダーテンは真っ赤になりながら、涙目で顔を隠す。
その様子に、周囲がざわめいた。
――可愛い。 こいつ可愛いぞ。 くっ、強敵だわ。
なに、この子。 あざとい。
お気づきだろうか? 囁かれる言葉の半分ほどが、もやは女性視点であることに。
愛らしい姿の少女を見て対抗心を燃やすあたり、もはや男の思考ではない。
肉体のみならず、心までをも女性化した男たちの熾烈な戦いが、もうすぐ始まる。
……とまぁ、そんなわけで、イベント本番が開催される前にひと悶着ありそうな空気が村の中に生まれたわけだが、その翌日にさらに大きな火種が投下された。
前人気の投票である。
せっかく参加選手の一覧表があるのだからと、実行委員会でもあるアデリアの実家である公爵家がこの提案を押し付けてきたのだ。
事前に人気投票を行い、その結果によって最初に所持できる染料の量に差をつけようというこの提案、背後には王都の商業ギルドの影が見受けられた。
なぜならば、その投票権は、提携店で一定の買い物をすると付いてくるようになっていたからである。
……ガンナードがすかさずその運営側食いついて入り込んだのは言うまでも無い。
さらに暇をもてあましたドワーフさんたちが、この村で作られた高級紙を使ってお遊びを始めてしまい、銅版印刷によるポスターやトレーディングカードを大量に摺り、それを強引に接収した守銭奴のガンナードがミロンちゃんに乗って王都や主要都市にまでばら撒いたのである。
そして、極めつけには国王が胴元となったギャンブルが一般に開放され……このイベントは国外の人間たちからも注目されるような大イベントになっていった。
さて、そんなこんなで前人気投票の結果であるが……。
「なるほど、一番人気はサナトリアさんですか」
クーデルスの手にした冊子の第一面には、ガッツポーズをとる美少女の姿が印刷しれていた。
元はすご腕の冒険者であり、実力も知名度も抜群。
なるほど、順当な結果であるといえよう。
そしてダーテンはというと、その見た目の頼りなさと、無自覚の健気な言動がウケたらしく、知名度が全く無かったにも関わらず5位に食い込んでいた。
なかなかの快挙である。
「で、元王太子はどうなんだ?」
冊子を読み込んでいたクーデルスに、職場の席からガンナードが話しかけた。
だが、クーデルスが持っているのは上位10人までしか記されておらず、ガンナードのところにも下位グループの情報は来ていない。
「えっと、ちょっと待ってください……あぁ、ありました」
クーデルスはデータベースにアクセスすると、詳細な情報を呼び出す。
「現在は……156位ですね。 だいたい150位あたりを上下しているようです」
「まぁ、そんな所だろうな」
「元からあまり国民に好かれていたようでもありませんしね」
「今頃、当人はこの結果に怒り狂っているだろうな。
おそらく、自分の人望の無さを人のせいにしたりして。
お供の連中は、さぞ苦労していることだろう」
「王太子ではなくなったといっても、未だに王族であることは変わりませんからねぇ。
彼の機嫌を損なえば、路頭に迷う従者の方も多いのでしょう。
人格が伴わない権力者って嫌ですねぇ」
だが、元王太子からすると絶対に負けられない戦いだ。
勝つためのありとあらゆる手段を使うべく、今頃は従者たちに無理難題を押し付けているに違いない。
「だが、王太子の優勝は無いんだろ?」
当然だよな……といわんばかりの口調で告げたガンナードだが、予想外なことに、クーデルスは首を横に振った。
「いえ、むしろ優勝するでしょう」
何かの聞き間違いかと思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
クーデルスの顔に、胡散臭い笑みが浮かんでいたからだ。
「意外だな。 何か八百長でも仕掛けたのか?
そうするメリットがあるとも思えないんだが」
「私達は八百長なんて何もしかけてませんよ。
きわめて公平な活動を行っておりますから。
ですが、まずサンクード元王太子は確実に優勝します。
いったい、どういう意味だろうか?
まさか、あのサンクード元王太子とよりを戻したいなどと、アデリアが考えるはずは無い。
「……そのわけのわからないところ、ほんとアデリアさんもお前に似てきたなぁ」
どうしようもなく不気味な予感をおぼえながら、ガンナードは顎をさすりつつため息をつくのであった。
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