95話

「それではただいまより、チキチキダンジョン猛レースを開催します!

 各選手、位置について……用意、スタート!!」


 アナウンスとともに花火が打ち上げられ、色とりどりの鮮やかな衣装を身にまとった少女たちが、染料の入ったタンクと巨大な刷毛を手にしつつ、一斉に走り出す。

 その様子は、女神モラルのおこした奇跡により、国内の78箇所にある水鏡に映し出されていた。


「さぁ、いよいよ始まりました、チキチキダンジョン猛レース。

 この放映では、人気選手の活躍や、ダンジョン内で発生した見ごたえのあるシーンなどを、解説付きでお送りします。

 司会は私、冒険者ギルド【竜の尻尾コラ デ ドラゴン】のギルドマスター、ガンナード。

 解説は、南の魔王ことクーデルス・タート卿です」


 水鏡を前にしたガンナードが、真面目な口調でマイクに向かって喋ると、その後に続いてクーデルスが話を始めた。


「どうも、南の魔王クーデルス・タートです。

 まず、今回のイベントについてですが、誰が優勝するか非常に予測をつけづらい内容になっていることに、みなさんお気づきでしょうか」

「原因は、人気投票システムですね」

 ガンナードがすかさず言葉を挟むと、クーデルスは大きく頷いた。


「その通りです、ガンナードさん。

 改めてシステムのおさらいをしますと、この競技はレースと名前がついてはいるものの、その実態はダンジョン内の壁や床を自分の魔力を帯びた染料に染めることで自らの陣地とする、すなわち陣取り合戦です。

 制限時間が過ぎるか、誰かがダンジョンの最深部にあるオーブに手を触れた時点で、陣地から得られる得点が一番高い人が優勝となります。

 しかも、バビニクの実の副作用により、種族的な特殊能力や肉体的ハンデは全て無効化されているので、変身前の実績や評価があまり意味をもちません。

 まずは、現状を確認しましょう」


 クーデルスの言葉に反応し、水鏡の画面が切り替わる。

 すると、現在の上位得点者5人の名前と、その得点数が表示された。


「現在の様子はこのような感じですが、おそらくすぐに変化があるでしょうね」

「ほう、それはなぜでしょう、クーデルス解説員」

 このあたりはおそらく台本でもあるのだろう。

 ガンナードとクーデルスは、互いの言葉が重ならないように気をつけながら、このイベントのルールや特徴を解説してゆく。


「それはですね、ダンジョンの奥のほうによくほど、陣地から得られるポイントが高いからです。

 手持ちの染料には限りがあるため、何も考えずにダンジョンの浅い部分を陣地とすれば、結果的に高い得点が得られないでしょう」

「つまり、優勝候補となる選手は、まずダンジョンの深い場所を目指し、それから得点の高い陣地を占拠すると?」

「戦略的には、それが正しいでしょう。

 それと、もう一つ理由があります」


 まるでクーデルスのその言葉を待っていたかのように、一位の選手の名前が一瞬でリストから掻き消えた。


「これは一体!?」

「ライバル選手の刷毛により、全身が塗りつぶされたようですね」

 画面が切り替わり、水鏡には全身を真っ青に塗りつぶされた美少女が映し出される。


「このように全身をライバルの染料で塗りつぶされてしまうと、今まで自分が塗った陣地が全て消えてしまい、ダンジョンの入り口へと強制転移されてしまいます。

 そしてこの選手の場合……ご覧ください。

 名前が消える前のデータですが、この選手の手持ちの染料がほぼ空になってます」


 クーデルスがデータを呼び出すと、確かに染料の残量がコップ一杯分程度になっていた。


「このダンジョンの中では、通常の戦闘が禁止されてます。

 つまりこの選手は他の選手に襲われたものの、手持ちの染料が足りないため反撃が出来きなかったと見てよいでしょう」

「つまり、陣地を増やすことにばかり気をとられると、このように戦闘で討ち取られてしまって陣地を失ってしまうことになるのですね?」

 再び水鏡はクーデルスとガンナードを映し出し、ガンナードの言葉にクーデルスは大きく頷く。


「そして逆に、ライバルを塗りつぶすことばかりに気を取られていると、今度は自分の陣地を増やす染料が足りなくなってしまう。

 このあたりの配分をどうするかと言うのも、このイベントの非常に大きなポイントということですね」

「はい、そのとおりですガンナードさん。

 しかも、消費した染料は一定時間が経過するまでは支給されません。

 ですが、ここに一つ抜け穴があります」

「ほう? どのようなことでしょうか」


 画面が急に切り替わり、どこかの街並みが映し出される。

 そしてカメラはゆっくりと移動して、とある大きな商店の前で止まった。


「今、このイベントのスポンサーである商店で買い物をすると、銅貨十枚につき1ポイントの応援ポイントがついてくるのです」


 その言葉に合わせて、カメラの前で一人の少女が買い物をすると、店員が花の文様がプリントされた木札を二枚取り出し、客である少女に手渡す。

 なお、少女も店員も役者であり、この映像は予めイベントの宣伝のために撮影された代物だ。


「その、投票ポイントはどのようなものでしょうか?」

「はい、この投票ポイントの木札をもって、各地にある投票所に言ってください。

 そして、応援したい選手の名前を告げていただくと、その選手に今すぐ染料を届ける事ができるのです!」


 クーデルスが力強くそう告げると、映像は再び染料まみれになった少女……予めクーデルスが準備した役者を映し出す。

 そして、その少女は明らかなカメラ目線で、涙ながらに訴えた。


「みなさん、お願いです! 私を応援してください!!

 わたし、優勝したいんですっ!!」

 その瞬間、どうやら少女を応援するために商店に突入した連中がいたらしい……ものすごい勢いでスポンサーとなった店の売り上げが伸び始める。

 実にあざとい商売だ。


 ――美少女は金になる。

 その日、ガンナードの辞書にそんな言葉が刻まれたのは言うまでも無い。

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