92話
「チキチキダンジョン猛レース開催? レースはともかく、チキチキってなんだべ?」
その日、村の掲示板をみた男たちは揃って首をかしげていた。
どうせまたあの得体の知れない復興支援団団長が提案した事だからロクなモンじゃないだろう……と思って良く見ると、なんと主催は復興支援団の良心と名高いアデリア副団長ではないか。
「あちゃぁー、ついに副団長まで、あの団長に染まっちまったんだべかな」
「いや、それよりも賞金を見ろや!」
「金貨1000枚!! 本当だべか?」
村人が大騒ぎするのも無理は無い。
都市部のそこそこ稼いでいるような男性で、その月収はおよそ金貨3枚程度である。
一生金には困らないとは言わないが、一生かかっても稼げない金額である事は間違いなかった。
一瞬にして金に目が眩む男たちだが、その中の一人がすぐ我に返る。
「でもよ、ダンジョンなんて俺らふつーの農民が入ったらすぐに死んじまうぜ」
喉から手が出るほど金はほしいが、命と引き換えに挑む価値があるかといわれると、それはそれで微妙だ。
どれだけ金があろうとも、全ては生きていてこその代物である。
「いやいや、よく見るだよ。 このダンジョン、魔物と喧嘩するんじゃなくて床や壁をペンキで塗りたくるだけでええんだとよ。
まぁ、名前と違って、見る限りレースでは無ぇべなぁ」
集まった人間の中で、一番文字がよく読める男がルールの部分を指で叩いた。
このダンジョンバトル、実は戦闘能力が最重要項目ではない。
ダンジョンの中に自分の魔力をしみこませた塗料を持ち込み、床や壁に塗ることで領地を増やす……陣取り合戦になっているのだ。
しかも、ダンジョンの奥のほうを塗るほどにその得点は高くなるため、浅い部分をいくら塗っても上位には食い込めない。
なお、戦闘の要素が全く無いわけではなく、当然ながらモンスターも出没はする。
だが、その戦闘にも制限とルールがあり、お互いに直接相手を傷つけるような行動は反則と判定され、即失格となってダンジョンはおろか競技からも放り出される。
かわりに、手持ちの染料で相手の体を塗る事が許されており、モンスターやライバルの放ったペンキによって全身が染まってしまうと一端入り口近くまで強制的に転送される仕組みになっていた。
なお、なぜ『レース』とついているかについては、命名したのがクーデルスなので誰も追及しない。
ふんぞり返って長々と理解不能な講釈を垂れるのが目に見えているからだ。
「ほほう? だったらオラも参加してみっかな?」
「んだば、オラも参加すっべ!」
そんな会話が村の数箇所で繰り広げられ、アデリア主催のイベントは着々と盛り上がりを見せつつある。
だが、彼らはまだ知らない。
このイベントが男性のみの参加であり、バビニクの実を食べて性転換した上に女装しなければならないという過酷なルールが存在していることを。
なお、この部分については文章が難しいため、彼らの語学力では読む事ができなかったのである。
彼らの悲劇については、機会があれば後に語るとして……その頃、ダンジョンの改築現場にある作業用小屋では、クーデルスが構築したシステムのテストを行っていた。
「うーん、ひとまずこんな感じですかね」
ため息交じりにそう呟くと、クーデルスは作業台の椅子の上で大きく伸びをする。
「なぁ、兄貴。 結局のところ何なんだこれ?」
その横で、ずっと話しかけて作業の邪魔をしていたダーテンが、クーデルスの机の上にある一枚のカードを見て疑問を口にした。
「これですか? 今度のイベントのエントリーカードですよ」
銀色をベースに、光を照り返して虹色に輝くそれを指でつまみ上げ、クーデルスはやや自慢げな笑みを浮かべる。
手のひらサイズの小さなカードではあるが、そこにはクーデルスがもつ様々な技術が惜しみなくこめられていた。
「エントリーカード? 何に使うんだ?」
「まぁ、テストをかねて実演しましょう」
クーデルスは椅子から立ち上がると、壁に取り付けてある装置の前に立ち、その装置についている蛇口のようなものに、水袋をセットする。
そしてその蛇口の横にある溝にカードを差込み、上下に動かした。
すると装置が反応し、蛇口からフローラルな香りのする緑の液体が出てくる。
だが、クーデルスは出て来た液体を隣にあるビーカーに入れ、その量を測ると唸り声を上げた。
「うぅん、まだちょっと誤差が激しいですね」
「その液体、今度のイベントで使う染料か?」
「そうです。
ダンジョン内各所のカードスロットにカードを通すと、手持ちのポイントに応じて染料の補充が出来るようにしようと思いましてね」
「なるほど……たしか、参加者の人気投票もするとか言っていたっけ。
ポイントってのは、もしかしてその関連か?」
ダーテンが推論を口にすると、クーデルスは大きく頷く。
「そうです。 誰かが選手に投票すると、そのポイントがデータベースに記録され、それをこのカードを使って引き落とすことで染料を購入することが出来るのです」
「つまり、どれだけ早くダンジョンの奥地に行こうとも、人気が無いとその場を占領するだけの染料が手に入らないってわけか。
面倒くせぇけど、よく考えてあるなぁ……」
「ええ。 しかも、染料は参加選手の固有魔力を帯びて色になりますから、他人の染料を奪っても意味がありません」
なるほど、これならば個人の能力が桁外れであるダーテンやサナトリアが参加しても一方的な展開にはならない。
「ところでダーテンさん。 そろそろ邪魔なんでどこか行ってくださいません?」
「冷たいこと言わないでくれよ兄貴。 アデリアは企画調整中でさ、イベント参加者予定の奴には聞かせられない内容があるから出て行けって……」
「そりゃアデリアさんも仕事中なんだから、たとえ参加者じゃなくても横にベッタリといられたら迷惑ですって」
アデリアは適度に距離をもって付き合いたがるハリネズミ型の性格だが、ダーテンは常に傍にいたがる犬型の性格……しかも結構な寂しがり屋である。
まったくもって、なぜこんな正反対な性格のに、二人の相性がピッタリなのかとクーデルスは内心ため息をついた。
なお、アデリアではなくクーデルスに張り付いているのは、アデリアよりもクーデルスのほうが自分に甘く、怒らせてもリスクが少ないことを知っているからである。
「でもさー……こんなときだからこそ、アデリアの傍にいたいじゃん。 元王太子が口説きにきたら、この俺がガツンと叩きのめして、それを見たアデリアが惚れ直したりしてさぁ、ダーテン、素敵! いやいやお前のためならどんな奴でも叩きのめして……」
自分の体を抱きかかえて体をクネクネと動かし始めたダーテンだが、クーデルスは笑顔でその襟首を掴んで持ち上げると、そのままドアをひらいて外へと投げ捨てた。
「はいはい、愉快な喜劇は外でどうぞ」
「兄貴ぃぃぃぃ!! 俺をボッチにしないでくれよー!」
素早く鍵をかけると、悲しげな声とともにドアを叩く音が響きはじめる。
「……
クーデルスはすかさず魔術で綿の花を咲かせると、それを耳に詰め込んだ。
構ってモードのダーテンに付き合っていたら、いつまでたっても自分の仕事がはかどらないからである。
なお、ダーテンの訴えは、それから1時間……食事の時間になり、静かになったからとクーデルスがうっかり外に出てくるまで続いた。
こうなると、もはや執念である。
その日、クーデルスの作業が全く進まなかったのは、もはや言うまでも無い。
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