第70話
「近寄るな! この汚らわしいブタ共が!!」
「やめろ、そのいやらしい視線を私に向けるなぁぁぁっ!!」
なだらかな斜面をもつ草原に、女の罵声が大音響で響き渡る。
その声の主が誰かは、おそらく言うまでも無いだろう。
ベラトールがしつらえた音響装置は彼女たちの声を増幅し、収束させたうえでダンジョンの入り口へと叩き込んだ。
そして5分ほどしただろうか?
ダンジョンの奥から、ウオォォォォォォォォと野太い叫び声と地震のような振動が響き始めた。
「ほら、何やってんの。 もう一回よ! あんたたちの声で、オークたちの理性を焼き切ってあげなさい!!」
「か、勘弁してください、モラル様! 無理です! 声が震えて……」
女騎士はその場にしゃがみこみ、恐怖で顔を引きつらせながら許しを請う。
だが、モラルは虫けらでも見るような目で女騎士を見下ろすと、チッと小さく舌打ちをした。
「泣き言なんか聞きたくないわ。 もぅ、いい。
無能には期待しないから。
……で、ロザリーちゃん、あんたはどうなのよ?」
「やるわ。 見てなさい」
モラルが話を振ると、完全に死んだ目をしたロザリスが、声だけは力強く宣言する。
そして、大きく息を吸い込むと、マイクを片手に恐ろしい煽り文句を吐き出した。
「このブタ共、何生意気に二本の足で歩いているのよ! 跪け!
雄ブタは雄ブタらしく四つんばいになって這い蹲るがいい!!
ちゃんとブタらしく振舞えたら、ご褒美にヒールで頭を踏みつけて地面にこすり付けてあげるわよ!!」
その瞬間、ダンジョンの中が揺れた。
「ひぃぃぃぃ、なんて、なんて恐ろしいことを!!」
「ふふふ、いいじゃない! 最高よ、ロザリーちゃん! オークたちの理性が完全にぶっ飛んじゃったわ!!」
恐怖のあまり悲鳴を上げる女騎士とは対照的に、モラルは喜色満面である。
そして、恐怖の宣言をぶちかましたロザリスは、再び死人のような無表情で立ちすくんでいた。
やがて、ダンジョンの中から最初のオークが顔を出す。
ヨダレを撒き散らし、歪んだ笑顔を浮かべながら、ソレは律儀に這いつくばって四足で無様に走りよってくる。
まともな神経ならば、数年は夜毎に夢に見そうなほどおぞましい光景だ。
しかも、一体ではない。
少なくとも数百。
まだダンジョンの中にいるものも含めれば数万になるであろうそんな生き物が、地響きを立てて押し寄せてくるのだ。
舞台の上で震えていた女騎士がふたたび悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! 気持ち悪いぃぃぃぃぃ!!
無理! 生理的に無理! お願い、やめて!!」
もはや演技ではなく、ただの素の叫びだ。
それとは対照的に、その横ではロザリスがただ絶望に満ちた顔で静かにたたずんでいる。
「うふふふ、クーデルスの作戦は当たったみたいね。
ダンジョンマスターが必死に制御を取り戻そうとしているけど、オークの頭の中は女騎士たちといかがわしいことをしたい欲求で一杯よ」
オークたちの頭の中を覗き込み、その熱烈な感情にモラルは舌なめずりをする。
おそらくダンジョンマスターは物理的にオークたちの回収を試みるだろうが、そんな真似は許さない。
今頃はクーデルスの配下が防御壁の残骸を利用してダンジョンの中を物理的に寸断している頃だ。
「さてと……シロクマちゃん、こっちの作戦は順調よ。
そっちの作戦に移ってちょうだい」
『了解だ、桃色イカレ頭。 オーク共の送還魔術の実行に移る』
次の瞬間、白い霧がオークたちを包んだ。
そして数秒ほどの時間をおいて視界が戻ると、あれほど大量にいたオークたちが跡形も無く消えていたのである。
「クーデルス、聞こえる? こちらモラルちゃんよー。
オークの第一陣は送還成功。
引き続き作戦を続行するわ」
送還魔術とは、召喚魔術の逆。
召喚された存在を元の場所に送り返す魔術である。
クーデルスの強い要望により、オークたちは全て本来住みか……魔帝王の領地へと送り返されることになったのであった。
ただし、ダンジョンの中で生まれたオークに関しては送還できないため、魔帝王領生まれのオークのみを送付するという形になる。
ついでに術式を弄って、魔帝王の居城に転送されるようにしたのは、ほかでも無いクーデルスであった。
おそらく贈りつけられたオークたちは、放置すれば飢えた臣民たちによって美味しくいただかれることになるであろう。
そして魔帝王がオークたちの面倒を見てくれると、クーデルスが固く信じているのは言うまでも無い。
おそらく国民への食料の配布と言う形で面倒を見るのは目に見えているが。
「さてと、オークたちの第二陣が出てきたわね。
ほら、そこのエッチな恰好した女騎士共。 さっさと自分の仕事を始めなさい!!」
モラルが怒鳴られ、全てを諦めた女騎士たちがノロノロとマイクを握り締める。
そして再び送還されてゆくオークたちの姿を、モラルは水幕のスクリーンに映してティンファの住人たちに見せるのであった。
モラルとベラトールの共同作業と言う名目で。
このあと、モラルとベラトールがティンファの住人たちによってカップル認定されてしまい、否定するのに苦労するのは後の話である。
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