第12話
帰りは暗くなるので、明かりの準備をしておきなさい……そう言って怪人が案内した場所は、領主の屋敷の裏山だった。
「こんな所に、いったい何が?」
領主の呟きに耳を傾けず、怪人うっそうと茂る緑の壁の前に立つ。
猟師も立ち入らないその山にはほとんど道も無く、先に進もうにも潅木が邪魔だった。
だが、怪人はなんでもないように、一言告げたのである。
「道を開けてください」
するとどうだろうか、草や木が自ら動いて道を作り始めたではないか。
魔術の詠唱をするでもなく、ただの言葉一つでこのようなことを引き起こすとは、本当に妖精であるとしか思えない光景である。
……実は予めこのあたりの植物に魔術をかけておいただけなのだが、領主はそれを知らなかった。
そして怪人は人の手の触れぬ山の中を悠然と歩き、山の山の頂上へと向かう。
領主たちも粛々とその後に続き、やがて日も暮れる頃、彼らは山の一番高いところに到着した。
「ふむ、ここが頂上のようですね。 そこでしばらく待ってください」
怪人の言葉と共に周辺の木が麓のほうへと移動し、山の頂上付近の見通しがよくなる。
それによって周囲には短い草が生えるだけになったのだが、そこで誰かがふと異常に気がついた。
「……あっ、これは? 胡椒!?」
見れば、あたり一面に生えている草だと思っていたものは、全て芽吹いた胡椒の実である。
足が生えて街から逃げ出していた胡椒の実は、全てここに集まっていたのだ。
「これは一体……あの怪人は我々に何を見せようと言うのだ」
領主が呟いたその時である。
「さぁ、胡椒の皆さん。 今こそ私と一つになるのです!」
その掛け声と共に、胡椒の芽が蔓となり一斉に伸びはじめた。
伸びた蔓は全てモンテスQの体を包み込み、巨大な緑の繭となる。
そして地平線から太陽が完全に消えたその瞬間、ベリッ、バキバキっと音を立てながら繭を突き破るようにして巨大な蔓が天に向かって伸び始めたではないか。
蔓はその太さを増しながらぐんぐんと上へ伸び、まるで童話に出てくる豆の木のように雲を突き抜けてさらなる上を目指す。
もはや、下からは蔓の先端がまったく見えない。
唖然として空を見上げる領主たちだが、その耳に怪人の声がどこからともなく響く。
『人の子よ、聞きなさい。 大地のかけた呪いはもはや誰にも解けません。
しかし、この街が呪われた街と呼ばれ続けるのはあまりにも哀れ。
なので、私はこの場所にて街の守護者となり、大地のかけた呪いを別のものに変化させます』
なんと慈悲深いことだろうか。
まさか、自らの身をこのようなものに変えてまでこの街を呪いから救おうとは!
だが、効果がかわるだけで呪い自体が消えるわけでは無いらしい。
その変化した結果を聞き届けるまでは安心出来ないだろう。
「い、いったい街にかけられた呪いはどのようなものに!?」
『私の祝福により、呪いが反応しない条件を設けました。
呪いの効果を受けるのは、この私にのいる場所向かって移動させた胡椒のみ。
つまり、私から遠ざかる方向に移動させた胡椒には呪いが発動しません』
その返答に、領主は顔を曇らせる。
「し、しかし……それではこの街に胡椒を持ち込む事はできなくなります。
商人を懲らしめた後も、この街の住人は胡椒を使うことは出来ないのですか!?」
それでは呪われた街と言うイメージを払拭できない。
胡椒を扱えないという事実は、今後も街の未来に暗い影を落とすだろう。
だが、怪人はすぐにそれを否定した。
『大丈夫。 そのために私は、この巨大な胡椒の木……
今後、貴方の血を引く心清らかな者が祈れば、私は街のいたるところに胡椒の雨を降らせましょう。
この街はもう、私の命ある限り他所から胡椒を求める必要はないのです。
むしろ有り余る胡椒を近くの街に売ることで、利益を得るのです』
「おぉぉ!」
感動のあまり、その場に居合わせた者達の口から感動の呻き声があがる。
そして怪人は、これからなすべきことを彼らに語りはじめた。
『よろしいですか? 先ほど売って差し上げた胡椒を売りつくしたら、わたしに祈りなさい。
そして胡椒の雨を降らし、この街の胡椒の相場を暴落させ、商人たちに罰を与えるのです。
さらに庶民にも胡椒を与えなさい。
胡椒を売ってはいけないが、無償で与えてはいけないという法はありませんからね』
「……たしかに!!」
それだけでは商人たちに致命的な打撃をくわえる事はできないが、庶民を味方にする事はできる。
さらに商人たちのせいで大地から呪われたことを前面に出し、領主の前に現れた妖精によって呪いが恵みになったことを広めればいい。
領主の評価はうなぎのぼりとなり、商人たちのイメージは地獄の底まで墜落するだろう。
『貴方に一つ助言を。 復讐は、じっくりと確実にやるべきだと言っておきます』
「……忠告、いたみいる」
商人たちにすぐに死なれては困る。
そんな事になれば、街の経済が大混乱となるからだ。
まずは連中に組みする事を良しとしない、若くて才能のある商人を見繕わなくてはなるまい。
そして若い芽を育て、大樹とするのだ。
ちょうど、目の前の胡椒の樹のように。
――商人共には程よく傷を受け、新しい樹の苗床として徐々に腐りながら死んでもらわなくては。
領主はひそかに舌なめずりをすると、忌々しい豪商共をどう料理しようかと思いをはせた。
一人の男の復讐の物語がここから始まる。
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