第13話

 数日後、クーデルスとアモエナは早速目をつけていた服を買うために、服屋を訪れていた。


 先日は手持ちが少なすぎて取り置きのための手付けすら払えなかったが、幸いなことに服はまだ売れておらず念願の服を手に入れたアモエナは、その場で服を着替えてしまう。

 そしてクーデルスと店員が若干苦笑を滲ませつつも、微笑ましいものを見る目で見守る中、その普段使いにするには派手すぎる服を着たままで、アモエナはニコニコと笑顔のまま店から出ていった。


「ご機嫌ですね、アモエナさん」

 あわててクーデルスが追いかけて声をかけると、子猫のように軽やかな足取りで進んでいたアモエナは、突然クルッと芝居のかかったターンをしてみせる。


「うん、やっと可愛い衣装も手にはいったしね! これでようやく人前で踊れるわ」

 腰に手をやり、胸をそらすアモエナだが、周囲を見渡すと小さく首をかしげた。


「それにしても……なんか街の雰囲気が変ね。

 あちこちから聞こえるモンテスクって何? なんかのお祭りの掛け声?

 昨日は胡椒の実の雨なんか降ってくるし」


 モンテスクとは昨日あたりから始まった謎の流行である。

 なにやら、この街の領主が昨日行った演説に関わりがあるようなのだが、堅苦しい話を嫌ったアモエナはそれを聞き逃してしまっていた。


「あぁ、モンテスクですか。 そこの屋台でも人形が売っているでしょ。 愛と平和の妖精ですよ」


 アモエナの問いに答えるクーデルスだが、なぜかその声には不満げなものが混じる。


「なにあれ? 変な人形。 全身緑のムキムキで、顔は笑っているような白い仮面で、頭にはチューリップの花?」

「へ、変じゃないですよ! かっこいいじゃないですか。

 あと、モンテスクではなくて、本当はモンテスQなのです。

 まったく、田舎者はこれだから……」


 実はこの国の言語の問題でQが上手く発音できず、領主の口から出た音では「ク」にしか聞こえなかったのだ。

 どうやらそれがクーデルスは不満のようだが、なぜ彼が「ク」ではなくて「Q」である事を知っているのかはご想像にお任せしよう。


「で、今回は何をしたのよ」

「なんですか、そのあからさまに確信に満ちた追求は?」

 アモエナの言葉に、クーデルスはそ知らぬ顔でそう言い返す。


「こんな変なことするの、クーデルスしかいないでしょ。 アレを見れば一目瞭然よ」

 指差すほうには、この街のどこからでも見る事ができるほど巨大な胡椒の樹。

 その高さは雲を突き抜けてもまだ満足せず、その先端は青い空に霞んでどこまで伸びているのかが誰にわからない。


「ずいぶん大きな植物ですねぇ。 あれが何か?」

「で、何したの?」

 クーデルスの疑問に、アモエナはさらに疑問を返す。


 どうやら全てをごまかすのは無理だと悟ったクーデルスは、一つため息をついてからあからさまに作った笑顔を貼り付けた。


「決まっているでしょ? 愛と平和のために働いてきました」

 爽やかな声で答えるクーデルスだが、アモエナは口元だけを笑みの形にするとえぐるような声で選択肢を突きつける。


「返事は、しらじらしい・胡散臭い・気持ち悪い……のどれがいい?」

「すいません、少し反省しますので、言葉のボディーブローで私の心を殴るのはやめてください。

 これでも結構繊細なんですよ?」

 クーデルスが繊細ならば、きっとサイザル麻も儚いと形容できるだろう。

 もっとも、そのしぶとさをプラナリアにたとえても、先方が気を悪くしそうだが。


「さて、そんな事よりも踊りに行くわよ。 場所は確保してあるのよね?」

 服が手に入ったら、すぐにでも踊りたい。

 数日前からアモエナがそう言われていたクーデルスは、昨日のうちにしかるべきところへと話を通しておいたのだ。


 もっとも、そのあと街の地周りやくざ連中が揃って幼児退行して使い物にならなくなった理由については、秘密とさせていただく。

 ……色とりどりの触手に全身を優しく撫でられて、18歳未満のお子様にはとてもお見せできない何かがあったなんて事は無いので、ご理解いただきたい。

 大事なことなのでもう一度申し上げるが、ご理解いただきたい。


「ええ、こちらです。

 生憎と楽器がまだ用意できていないので、私は手拍子だけで参加しますね」

 朗らかな笑顔でそう告げるクーデルスだが、アモエナの笑顔が若干凍りついた。


「うん、それでお願い。 間違っても歌ったりしないでね?

 声が大きすぎて周りの人が気絶しちゃったら困るから」


 ハンドフルートからドラゴンブレスを放った夜の翌朝。

 覚えたメロディーを忘れないようにと色々とやらかして、周辺の小鳥と獣が少なからず被害を受けたのは記憶に新しい。


「ふっ……それはすでに過去の話です。

 生まれ変わった私の力、お見せしましょう」

「拍手で衝撃波を生み出して周囲を破壊するなんて事も無いようにね?」

「……はい」


 自信満々で胸を張るクーデルスだが、アモエナの一言であっさり撃沈する。

 この短期間にクーデルスの行動パターンを読みきるあたり、これは才能と言うべきだろうか。


 やがて、クーデルスによって案内されたのは賑やかな通りにある一角。

 クーデルスはそこに鮮やかな色の絨毯を敷くと、見物料を入れるための小さな箱を用意した。


 アモエナはそこに立つと、自信に満ちた表情で踊り始めたのだが……。

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