36話

 代官の死というショッキングな話題は、風よりもはやくハンプレット村……はおろかライカーネル領全体に広がった。

 しかもどこから漏れたのか、翌日の昼にはその異常で不自然な死に様をハンプレット村の村人全員が知るところとなったのである。


 人々は噂した。

 いったい、何ゆえに代官はこのような恐ろしい死に様を迎えることになったのか?

 ある者は、この村を去った前任の守護神の下された天誅であると語り、またある者は高名な呪術師による呪いだと語る。


 いずれにせよ、領地の管理者が突然の死を迎えたのだ。

 近いうちに領主である王太子の手の者が調査に来るのは間違いない。

 だが、その前にクーデルスからこの事件についての説明があるという。

 村人たちはこぞって、その説明の会場である村長の家へと集まった。


 そして村人たちが集まると、クーデルスは何の気負いもなく、まるで世間話でもするようにこう告げたのである。


「あー、皆さん。最初に結論から申し上げますと、これは事故です」

 その短い言葉に、村人たちがざわめいた。

 それは、村人達の求めていた言葉ではなかったからである。


「亡くなった代官殿には申し訳ありませんが、我々が彼の葬儀に関わっているヒマはありません。

 代官の葬儀は彼の親族のいる街で行われますしね。

 私がご遺族に遺体を引き渡す手続きをしておきますから、皆さんは通常勤務に戻ってください」


 まるで感情のこもらない、事務的な説明。

 だが、そんな言葉では村人達の気が治まるはずもない。


 会場のあちこちから、納得できないといわんばかりの不満げな小声がちらほらとこぼれていた。

 そんな様子にクーデルスは大きくため息をつくと、皮肉たっぷりにこう告げたのである。


「それとも、あなた方が望むように誰かの手による殺人事件にしたほうがよろしいですか?

 貴族の手下である調査官の訪問を受けたいというなら、やぶさかではありませんが」


 その瞬間、村人たちは魔法にでもかけられたかのようにピタリとその口の動きを止めた。

 なぜなら……その調査官にどんな取調べを受けるかわかったものでは無いからである。


 考えられる未来は幾つもあるが、おおよそロクなものではない。

 取調べと言う名の拷問や、無罪の認定と引き換えの賄賂の要求、女性であれば性的な被害も考えなければならないだろう。

 ……最悪の場合、功を求めた調査官によって犯人にでっち上げられる事もありえるのだ。

 そこに考えが至らない村人は、一人もいない。

 逆に言えば、そんな事にすら気づけない間抜けは、代官によって命もろとも搾取された後である。


「わかってくださったようで何よりです」

 クーデルスがニッコリと微笑みかけると、村人たちもぎこちない顔で笑い返した。


「では、皆さんこれは事故だということでよろしくお願いしますね。 では、解散!」

 そこへ、パチパチパチと拍手が鳴り響く。

 振り向くと、感心したとも呆れたともとれる顔をしたアデリアが、微妙な視線をこちらに向けていた。


「おや、アデリアさんは納得してくださらないのですか?」

「感心はしましたわ。 よくもまぁ、そんな穴だらけの風呂敷で人を抱きこめるものだと」

 まるで、詐欺師ですわね。

 アデリアはそういいながら鼻を鳴らし、村人たちはハッと我に返る。


 そう。 この事件が事故かどうかを判断するのはその調査員であり、クーデルスがいくら事故だと主張したところで無意味なのだ。

 クーデルスの自信たっぷりな態度と、普段の迷惑なまでに規格外なくせに妙に有能な仕事っぷりのせいでごまかされてしまったが、考えてみればとんでもない大嘘である。


 一変してクーデルスに不審の目を向ける村人たちだが、クーデルスの顔に反省の色は無い。

 そろどころか、困ったことをしてくれるなぁと言わんばかりの余裕げな態度である。


「アデリアさん……何をしたいのかはわかりませんが、邪魔はしないでくださいますか?

 この世の全てに誓って真実、これは事故なのですよ。 そこに無駄な疑問をはさまれると、色々と都合が悪いんですよね」

 せっかく村人のために色々と手を回しているのに自己満足で余計な事をするな……と責めているのだが、アデリアもまた肩をすくめるだけでその恫喝を受け流す。

 何気にこの二人、やり方が非常に似てきているようだ。


「先ほどの発言が、団長の善意である事は疑ってませんわ。

 でも、その事故の原因については何もおっしゃってくださらないのですね」

 その言葉に、村人たちは再び目を見開く。

 確かにクーデルスは事故だと告げたが、その結論に至るまでの過程には全く触れていなかった。


「それをする意味は? 余計な事に巻き込むことになりますよ?」

「でも、そこをはっきりさせない限り調査官は引き下がりませんわよ?」

 クーデルスとアデリアの間に、パチパチと見えない火花が飛び散る。

 どちらも口調は穏やかだが、その裏では熾烈な駆け引きが行われている。


「そこは私のほうでうまくやっておきますよ。

 多くは語れませんが、調査官を黙らせるネタはちゃんと用意してあります」

 その言葉に、ホゥと周囲から声が漏れる。

 どうやらクーデルスはいつの間にか手を回していたらしい。


 だが、代官が死んでから半日。

 いったいどんなネタを用意できたというのか?


「では、事故の真相のほうは私とダーテンさんのほうで調べておきますね?

 いざと言うときのために、調査官を追い返すための切り札はあったほうがいいでしょうから」

「え……俺も?」

 いきなり話しをふられ、アデリアの横にいた土木作業員姿の美青年は目を丸くした。


 彼もまた真相は気になるものの、探偵には向いていない自分の性格を熟知している。

 その目は、面倒に巻き込むなよと訴えかけていたが、アデリアはあっさりと無視をした。


「やれやれ、困った方ですね。 仕事に支障が出ない範囲でなら、お好きになさい。

 どこまでやっていいかの匙加減はわかっていると信じてますよ?」

 その言葉は、クーデルスがこの事件の真相を全て知っていることと同時に、彼が最善の結果となるように様々な仕掛けを用意していることも意味している。

 つまり、それを台無しにするのは許さないということだ。


 その意味を全て理解した上で、アデリアはニッコリと笑う。

「では、団長の仕掛けた手品のタネ、しっかり探らせていただきますわ」

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