37話

 クーデルスから許可を取ったアデリアであったが、彼女が真っ先に行った事は……横にいたダーテンの腕を捕まえることであった。


「え? なに、アデリア。 なんで俺の腕を掴んでんの? もしかして俺に気があるとか?」

 そして首をかしげるダーテンに、アデリアはそんな事もわからないのかといわんばかりの顔で、こう告げたのである。


「なぜ? それはね、名探偵には助手が付き物だからですわ!」

「助手かよ!」

 ダーテンは熟してないプラムでも口に入れたような顔になり、救いを求めてクーデルスを振り返った。

 だが、彼の兄貴分は無言のまま、諦めろといわんばかりの顔で首を横にふる。


 ――兄貴、兄貴、なぜにわれを見放したもうたラマ、アツァブタニ

 がっくりと肩を落としたダーテンは、失意の中で運命を受け入れた。


「さぁ、捜査の基本は現場検証と聞き込みよ。 ついてらっしゃい!」

 アデリアに腕をとられたまま歩いてゆくダーテンの姿は、市場に売られてゆく子牛のようであったという。


「なぁ、アデリア。 なんつーかさ、マジで張り切りすぎじゃね?

 正直、テンションについてゆけないというかドン引きなんだけど」

 集会場である部屋を出て廊下に出ると、ダーテンはうんざりした声でアデリアに話しかけた。

 すると、アデリアは珍しく歳相応の少女のような笑顔でこう答えたのである。


「あら、だって推理小説みたいで楽しいじゃない。 こんな機会、めったにあるもんじゃないわ」

 楽しそうなその声に精神力を根こそぎ奪われたのか、ダーテンはその場にしゃがみこんだ。

 そしてゲッソリとしたような声で恨みがましく呟く。


「おいおい、俺まで巻き込んでおいてただの遊びかよ……クーデルスの兄貴に怒られても知らねーからな」

 クーデルスは事故だと言い放ったが、事の背景はおそらく複雑である。

 そこに遊びで首を突っ込めば、色んな人間から恨みを買うのは必定であった。


「大丈夫よ。 ちゃんと団長が描いた未来図を壊さずに結果を出せば、わたしの成長を褒めこそすれ、文句を言うような事はないわ」

 だが、ダーテンは相変わらず渋い顔のまま反論を試みる。


「いや、そもそも犯人を見つける意味は無いだろ。

 ありゃぜってー事件の黒幕は兄貴だし」

 思い返せば、クーデルスの態度は、むしろ関与を隠すつもりが無いといえるほどに露骨だった。


「そこまでわかっているなら、私が何を知りたいかもわかっているでしょ?」

「クーデルスの兄貴が何をしたか、そして何をしようとしているのかを知りたいって所か?」

 つまり、陰謀や策謀のお勉強である。

 おそらく同じ事は出来ないであろうが、その考え方や手法を何らかの形で利用する事はできるだろう。


 むろん、そんなものはただの言い訳で、最大の理由が好奇心である事は言うまでもない。

 ゆえに彼はこう一言付け加えた。

「……一応だけど」


「正解。 そこまで読める貴方だから助手に選んだのよ。 せいぜい働いてちょうだい」

 ガックリと肩を落とすダーテンに、アデリアはにこやかに微笑みかける。

 ダーテンの立派すぎる肉体の影に隠れた知性と言うものを、実を言うとアデリアはかなり評価しているのだ。


「では、最初は現場検証ね。 さぁ、がんばってちょうだい」

 そう告げると、アデリアは階段の上……代官が死んだ部屋の前にたたずむ兵士を顎で示す。

 彼はもともと代官の護衛としてやってきた人間であり、アデリアの権限でどうにかできる人物ではない。


「出来るだけ平和的にお願いするわ」

「うわぁ、めんどくせぇ」

 アデリアからの容赦ない追加注文に、顔に手をあてたまま呻き声を上げると、ダーテンはアデリアの前にたって階段を上り始める。

 いったい、彼にどんな策があるというのか?


「なんだお前等、用もないのに近寄る……な……ひぃっ」

 ダーテンはニヤニヤと笑いながら兵士の前に立つと、普段は押し殺している闘神としての気配をほんの少しだけ開放した。

 ゾクッ――その様子を後ろから見ていたアデリアですらその場で失神しかねないような、生物の持つ根源的な恐怖が全身を襲う。


 それはいきなり目の前にライオンが現れた……と表現することすらすら生易しい。

 即座に死を直感して絶望するしかないような代物であった。


 そんな気配を至近距離で浴びてしまい、部屋の前を守っていた兵士はそのまま腰を抜かしてその場にへなへなと尻餅をつく。

 きっとしばらくは、悪夢にうなされて眠れない日々が続くに違いない。


「ほら、怪我ひとつなく解決したぜ」

「体に傷は無くても、心のほうはザックリ致命傷じゃない。 あきれたわ」

 自慢げな笑顔で振り返ったダーテンに、アデリアは容赦なくダメ出しをいれる。


「ちぇっ。 少しは褒めてくれてもバチは当たらないと思うんだけどねぇ」

「はいはい。 後で褒めてあげるから先に現場に入りましょ」

 軽くふてくされるダーテンを尻目に、アデリアはドアを潜り抜けた。


 部屋の中は調査官が調べるために、出来るだけ現状が維持されており、床の中央には代官の衣装を身にまとった白骨死体が恨めしげに空を見上げている。

 床には代官の血液らしきシミが広がり、部屋全体にうっすらと嗅ぎ慣れない薫りが漂っていた。

 そして正面の窓には人が立ったまま余裕で潜れそうなほど大きな穴が開いており、窓の破片は部屋の内側に向かって飛散している。

 どう見ても人的な関与を想像せざるをえない状況だった。


「ねぇ、これって……」

「なんか、見るからにすげー怪しいよな」


 これを事故だと主張するのは、あまりにも無茶である。

 それがアデリアとダーテンの、現場を見た最初の感想であった。

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