第81話
「実は貴方たちが劇団であるということを伺いましてね。
我が主より、ぜひこの街の祝勝記念の祭礼で公演を行っていただきたいとのお言葉がありまして」
そう、神官の話は劇団としての仕事を頼みたいという代物であった。
「えぇっ、私達が? 嬉しいけど、そんなの……いいのかな?」
「いいのよ! すばらしいですわ! ついにハンプレット村の物語を大々的に上演できるのね!」
あまりにも唐突な話に、アモエナは喜びつつも戸惑い、カッファーナは息を荒くする。
そしてドルチェスはと言うと、いつもどおりに見えるのだが、その手はぎゅっと握り締められていた。
だが、やってきた神官はカッファーナの言葉に顔を曇らせる。
そして気まずそうな顔で告げた。
「えっと……申し訳ないのですが、ハンプレット村の物語といいますと、アデリア嬢とダーテン氏の物語のことでしょうか?」
「ええ、ハンプレット村の物語といえば、ほかにございませんでしょ?」
すると、神官は思いもよらない言葉を吐き出したのである。
「それは……残念ながら許可できません」
その瞬間、世界が崩れたかのような感触が全員を襲った。
「なんでよ!!」
淑女にあるまじき大声を上げ、神官に詰め寄るカッファーナ。
彼女からすれば、天国まで持ち上げてから地獄へと落とされた気分だろう。
「ちょっ、貴女なにを……やめなさいっ!! 私は神の使いで……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「やかましいのよ! 神の使いがなんですって!?
私の願いを邪魔するようなヤツはみんな悪よ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
その目はあからさまな殺意を帯びており、怒りで震える指で彼女は神官の顔面を容赦なくかきむしる。
さすがにまずいと思ったのだろう。
ドルチェスがやる気の無い動きでカッファーナをとり押える。
「カッファーナ、落ち着いて。
……とりあえず事情をお伺いしましょう」
「離しなさい、ドルチェス! 悪は成敗しなければならないの!!」
ドルチェスに羽交い絞めにされたまま、なおも暴れようとするカッファーナ。
神官はそんな彼女から慌てて距離をとると、早口で祈りの言葉を唱え、ベラトール神より治癒の奇跡を賜って顔の傷を癒した。
「ひっ、ひぃぃぃぃ! なんて女だ!!
いいか、この街は、まもなくハンプレット村との交易が始める!
その交流の一環として、向こうの劇団が同じ題材の演劇を行うんだ!
本家本元が来る以上、お前等の出番など無いっ!!」
なるほど、確かにそれは色々とまずい。
しかも、こちらがハンプレット村の物語をやったとしても話題にはなりにくいだろう。
つまり、お互いに足を引っ張り合うだけで、何のメリットも存在しない。
「もぅ、もぅいい加減にしてよ!
なんでよ、何でこんな邪魔ばっかり入るの!!
ふざけないで!!」
やり場の無い怒りを叫びながら、ガックリと地面に座り込むカッファーナ。
さすがの彼女も、この三度目の公演中止はこたえたらしい。
その目にも気力が感じられず、全身が真っ白な灰になったようにすら見える。
「あぁ、これはしばらく使い物になりませんね。
はぁ、と大きく溜息をつくと、ドルチェスは妻を抱き上げた。
「ちょっと彼女を休ませてきます。
あと、カッファーナの落ち込みが酷くて、このままでは仕事になりません。
祝勝会の公演については、しばらく返事を待っていただきたい」
ドルチェスが真面目な声でそう告げると、神官は引き気味に答えを返す。
「わ、わかった……。 できるだけ早くしてくれたまえ」
搾り出すようにそれだけを告げると、神官はそそくさと立ち去っていった。
「カッファーナさん、可哀想。 あんなにがんばって脚本書いていたのに」
ドルチェスに抱えられて宿に戻ってゆくカッファーナを見送りながら、アモエナが溜息混じりに呟く。
だが、この日の悲劇はそれだけでは終わらなかったのだ。
「アモエナさん。 残念ながら貴女にも大事なお話があります。 心して聞いてください」
「なに、クーデルス。 顔が怖いよ? 残念って、どういうこと?」
気が付けば、クーデルスの胡散臭い笑みはなりを潜め、痛いくらい真剣なまなざしがアモエナの顔へと注がれている。
そして彼は、傷に触れるかのような声で彼女に告げた。
「おそらくですが……貴女の成長期は終わっておりません。
成長期には個人差があり、中には二十歳を越えても身長が伸びる人がいるのです」
「それがどうしたの?」
アモエナはその言葉の意味がわかっていなかった。
いや、もしかしたら本能的に理解を拒んでいたのかもしれない。
そんな彼女に、クーデルスは向こうで練習を続けている踊り子たちを指し示した。
「あのラインダンスを踊っている踊り子たちを見てください。
みんな、同じぐらいの身長ですね?」
「うん、私と同じぐらいの身長だね」
アモエナが現実を確認したことを見計らい、クーデルスはさらに告げる。
「そう、
「……え?」
アモエナの貼り付けていた笑顔に、ピシリと皹が入った。
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