第73話
「残念だったな、お前の悪事はすでに潰えたぞ」
クククと喉の奥で笑いながら、ベラトールが笑顔で告げる。
だが、女の視線はベラトールではなく、その手前にいる人物に注がれていた。
「お久しぶりです。 西の魔王フィドゥシア・メルジーネ。
魔物の創造は専門外でしょ? 貴女が、スタンピードを画策するとは意外でしたよ」
その視線を挨拶だとでも受け取ったのか、クーデルスが胡散臭い笑みを浮かべて挨拶を投げる。
「貴方は……クーデルス!? なぜここに?」
クーデルスがその女の名を呼ぶと、女は目を見開いて驚いた。
同時に絹のような白い髪からはみ出た狐の耳が、神経質にピクピクと動く。
「貴女、効率の悪い事は嫌いだといっていませんでしたっけ?
おかげですっかり騙されました。
でも、たしかに時間と手間をかけるならば貴女にも可能な手でしたね。
私とした事が、失念しておりました」
歯をむき出しに笑うクーデルスは、その陰気な前髪ともあいまってとても陰惨な印象を周囲に与えた。
「クーデルス。 魔族の重鎮である貴方がなぜ神々と一緒にそこにいるのでしょう? 釈明を求めますわ」
懐から瀟洒な飾りの付いた扇を取り出すと、西の魔王フィドゥシアはその表情を隠す。
どうやら、いきなり現れたクーデルスの存在に、動揺を隠し切れないと判断したらしい。
「決まっているでしょう。 一緒に手を組んで、貴女の邪魔をしにきたからですよ」
「……クーデルス。 魔王である貴方が私の邪魔をするのですか? 反逆行為でしてよ」
フィドゥシアは扇の上から目だけを覗かせると、クーデルスを攻めるような台詞を吐いた。
「あら、そういえばそういう立場よね、クーデルスって」
ふと思い出したように呟くモラルだが、横にいたベラトールは首を横に振る。
「気にするな。 どうせ、こいつら四天王と呼ばれる連中に忠義などあまり関係がない。
なにせ、魔帝王より実力のある半魔族を隔離しておくためにあるような役職だからな。
かつてのクーデルスを除いては、どいつもこいつも主従関係など形だけだと聞いている」
クーデルスは言いたい放題な二人に憮然とした表情を向けて肩を竦めると、少し拗ねたような口調で西の魔王に向かって釈明を口にした。
「おあいにくと、私はすでに魔帝国から追放された身でしてね。
魔帝王に忠義立てしなければならない立場では無いのはご存知でしょうに」
だが、西の魔王はニヤ付く笑みを扇で隠しながら、優しい言葉を装ってクーデルスの弱点を突こうとする。
「まぁ、陛下がそんな言葉を耳にしたらなんとお思いになるかしら?」
しかし、クーデルスはしばし首を傾げて、さらに数秒ほど天を仰いでからボソリと呟いた。
「別に? 貴女の邪魔をする分には全く怒らないと思いますよ。
むしろ、もっとやれとはやし立てる姿しか思い浮かびませんね」
「……奇遇ですわね。 同じ事を想像しましたわ」
そう答えながら、西の魔王もまたガックリと肩を落とす。
彼らの君主である魔帝王はそのような性格であり、彼らとの関係もそのような代物であった。
「というわけで、遠慮なく邪魔させていただいてますよ」
「酷いですわ! 幼馴染のわたくしにこんな仕打ちをするなんて!」
クーデルスが西の魔王に情け容赦ない言葉を浴びせると、今度は情に訴えるような言葉を吐き出す。
迫真の演技だが、この状況下では実に白々しい。
彼女の本性を知るクーデルスは、心底いやそうな顔で唇をゆがめた。
「幼馴染って……貴女、私が子供の頃にさんざん苛めてくれましたよね? クーリャと一緒に」
「まぁ、クーリャですって?
魔帝王アクィリナ・クラッシミラ・ガルモニーツェ・パンデモニウム陛下を愛称で呼び捨てるだなんて、不遜にもほどがありましてよ?
それに、そんな古い事はよく憶えておりませんわ。 もう、400年近く前の話ですもの」
すると、クーデルスは眼鏡をクイッと指で引き上げると、子供時代記憶を掘り返す。
そのあまりにも陰惨な思い出に、クーデルスは思わず奥歯を噛み締めた。
「お医者さんごっことか言って、私にドラゴンの致死量の十倍にも及ぶ麻酔剤を口から飲ませたのはどなたでしたっけ?
死ぬほど苦かったんですからね、あれ。
まぁ、その後で手術だと言って私の腹を刃物で切り裂こうとした陛下よりはマシかもしれませんが」
話を聞きながら、モラルは両手で口を隠し、ベラトールはその肉球のついた手を額に当てた。
もっとも、それが魔族の陰惨な遊びに対してなのか、ドラゴンを十頭も殺せる量の麻酔剤を飲んで「苦かった」で済んだクーデルスの生命力についてなのかは定かでは無い。
「結局、貴方のお腹のほうが丈夫だったせいで、クーリャが持ち出した国宝の魔剣のほうが折れてしまったのでしたわよね。
でも、いまさらそんな昔の事を持ち出すなんて、男らしくありませんと思わなくて?」
クーデルスにとっては陰惨な過去でも、西の魔王フィドゥシアにとってはほほえましい過去の思い出だったらしい。
口元を扇で隠しながら、彼女は懐かしむような目をして溜息をつく。
「貴方の価値観で男らしくなくても、別にそれはどうでもいいです」
「……可愛くない。 昔はお人形さんよりも愛らしかったのに」
バッサリと台詞を切り捨てたクーデルスに対し、フィドゥシアは拗ねたようにツンと唇を尖らせる。
すると、クーデルスは寒気を感じたように自らの肩を抱き、嫌悪とで口角が吊り上がった唇から嫌味と皮肉を吐き出した。
「ドス黒くて野心的な貴女の口から"愛らしい"だなんて言葉を聞くと、ゾッとしますね。
どうせ自分しか愛せないくせに」
クーデルスのはき捨てるような言葉にも、フィドゥシアは楽しそうに唇を笑みの形を作る。
そう、彼女が自らの邪悪さを愛しているがゆえに。
「さて、昔話はこのぐらいにして、本題に入りましょう。
フィドゥシアさん、貴女……この国を潰す気ですね?」
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