第93話

「嫌って……そんな簡単に!」

 食い下がろうとするアモエナだが、ロザリスは視線をそらして唇を尖らせる。

 そしてクネクネと妙なしなを作りながら不満を口にした。


「だって、あの女すごく面倒なんだもの。

 やって出来ないことはないけど、あんたのためにそこまでするいわれはないわね」


 確かに、言われてみればそのとおりである。

 ロザリスを服従させているのはクーデルスであって、アモエナは全く関係ない。

 仲間かと問われれば、それすらも答えに詰まる程度の間柄だ。


 だが、彼の抵抗もそこまで。


「残念だけど、これって私達の要望でもあるのよね」

「まさか、聞けぬとは言わぬよな?」

 アモエナの後ろに立ったモラルとベラトールが、凄みを利かせてゴリ押しをする。


「つ、謹んで対処させていただきまーす!」

 たちまち、震えあがりながら了承するロザリス。

 たとえ神といえども、格上を相手にすればこんなものだ。


「た、ただし……」

「なんだ、まだ何かあるのか?」


 言いにくそうに言葉を紡いだロザリスに、ベラトールが眉を跳ね上げる。


「対価もなしに人間の願いをかなえるというのは、いかがなものかと」


 無償で願いをかなえれば、人はすぐに怠けるようになってしまう。

 それが神々の共通認識であった。


「ふむ。 それはたしかに」

 爪の先で顎をなぞりながら、ベラトールが同意の言葉を呟く。


「じゃあ、何か試練を与えるという方向で考えましょうか」

「神々って、本当に面倒ですわね」

 神々のやり取りに、魔王であるフィドゥシアの幻影がつまらなそうに吐き捨てた


 だが、そこでなぜかベラトールが笑う。

 ……ニヤリと牙をむき出しにして。


「それはそうと、その姿では夫人と会っても誰かわかるまい。

 クーデルスの作ったバビニクの実の効力、私が消してやろう。

 なぁに、術式を会席する必要があるがそう時間はかかるまい。

 前からどんな術式や原理でそうなっているのか興味があったのだ」


 そういいながら、ベラトールはゆっくりとロザリスのほうに近づく。

 同時にロザリスが逃げ出そうとしたのだが、ニコニコと笑顔を浮かべたモラルが彼の退路を遮った。


「あらあら、それはわたくしも興味ありますわね。 ぜひお仲間に入れてくださらないかしら?」

 フィドゥシアの幻影もまた、扇で口元を隠しながら目を細める。

 およそ、クーデルスの目の前で彼の術式を解析などすれば確実に邪魔されるだろうが、幸いなことにここにはそのクーデルスに匹敵する存在が三人もいた。

 彼らにとっては絶好のチャンスである。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ! ご慈悲を! なにとぞ、それだけは!!」

 やっとのことで女性としてのアイデンティティを手に入れたロザリスにとって、これは悪夢意外の何物でもない。

 恐怖で足をもつれさせながらも、数歩ほど後ろに下がる。


 だが、その場から逃げることなどできるはずもなく……ロザリスは水と氷に手足を縛られた状態で床に押さえつけられた。


「ふむふむ、女性に変化したと見せかけているが、これは人工的に作り出した仮の肉体だな。

 実に小賢しい。 おそらく自動で性別の違う肉体を作る術式を組み込んでいるのだろうが、なんのためにそんな馬鹿げた術式を用意しているのかさっぱりわからんぞ」


「本体は亜空間に閉じ込めているみたいだけど、この転移に関する部分がすごく複雑ね。

 ……というか、何のためにこんな容量使っているんだろ?

 前に情報生命体を作る術式で似たような記述があったような気がするけど」


「クーデルスのことですから、無駄な記述と見せかけておいて別のところから呼び出すための設定であったりすると思いますわ。

 大まかな流れを先に解明したほうがよろしくてよ」


 そんな感じで、三人の超越者が生贄を囲んでなにやら怪しいことを始めだす。

 その場にいたアモエナは、助けを求めるロザリスの声に耳を塞ぎ、目を閉じたままこの暴虐の嵐が過ぎるを待つことしか出来なかった。


 やがて、二時間ほど経過しただろうか?

 元の姿を取り戻したロザリスが腰巻一枚の姿で鏡の前で立っていた。


 整ってはいるもののやや険のある強面の顔立ち、逞しくも引き締まった彫像のような筋肉、間違いなくかつてのロザリスの姿である。

 そんな自分の姿を確認し、彼はくるりと振り返ってこう言った。


「いやあぁぁぁ! なによ、あんたたち! あたしが何をしたっていうのよ!!

 こんなんじゃアイドルとして活動できないじゃない!!」


 野太い声が、涙混じりに訴える。

 その破壊力たるや、笑いすぎで神々が腹を抱えて床を転がるほどであった。

 フィドゥシアの幻像が見えないのは、おそらく笑う姿を人に見られたくないからであろう。


「なによあんたたち! 人を見て笑うとか失礼きわまりないわよっ!!」


 だが、その場において笑ってない存在がもう一人いた。


「何……遊んでるんですか。

 私、めちゃくちゃ困ってるんですよ?」


 その台詞の主は、アモエナである。

 なぜかその平坦の声の響きに嫌なものを感じ、神々は彼女を振り向く。


「私、実はこっそりユホリカ様の加護をいただいているんですよね。

 前に憑坐にしてしまったお詫びだと言って。

 今回の推薦の件についてはモラル様のほうが適任だと思ったから使うつもりはなかったんですけど」


 そしてアモエナは、機嫌が悪いときのクーデルス並に陰湿な声でこう告げたのだ。


「モラル様とベラトール様が、西の魔王と結託してロザリーちゃんを苛めたってユホリカ様に加護を通じて報告したら、はたしてどうなるでしょうか?」

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